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help RSS 「私の顔が蒼ざめているのは」/ギョーム・デュファイ『世俗音楽集』 

<<   作成日時 : 2007/02/20 21:31   >>

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 ギョーム・デュファイ(1400頃-1474)
その人生において、中世からルネサンスへの過渡期を生き、過去のあらゆる音楽技法を統合し、新しい時代の音楽を方向付けたルネサンス音楽黎明期の大作曲家。

その名前は知っていても、彼の音楽を聴く、という明確な姿勢で耳を傾けたことの無かった私にとって、この一枚のCDとの出会いは、まさに僥倖だったというべきかもしれない。

DECCAの「中世&ルネサンス文庫」から出ていた
ロンドン中世アンサンブル/ピーター・デイヴィス&ティモシー・デイヴィスによる『世俗音楽集』 
お値段はなんと1200円!

循環ミサの完成者として知られたデュファイの、代表的世俗歌曲21曲が収められたこのCDのほとんどは、バラード、ロンド、ヴィルレーといった当時のブルゴーニュ宮廷で愛されたシャンソンの定型的な形によるものである。
 世俗歌曲集というタイトルの通り、愛の喜び、愛の哀しみがひとつのテーマになっている。
時に陽気に、またある時は憂愁に満ちて繰り返されるメロディの、典雅な響き。
そしてまっすぐ伸びるテノールは、晴朗に輝いている。
伴奏で使われているリコーダーやリュートのなんと健やかで美しいことだろう。
決して前に出るわけではないのだが、伴奏という枠にとどまらない存在感にあふれた演奏で私を魅了する。

画像

           「ウルビーノ公夫妻の肖像」ピエロ・デラ・フランチェスカ 1474年
                                 

これからまさに「ルネサンス」という、大きな花を咲かせようとしていた時代の、ある種、迷いのない率直な音楽。
新しい時代の到来を告げるかのような、清新な息吹き。
彼の宗教曲にみられるような革新性は無いのかも知れないが、ブルゴーニュ宮廷文化の色濃い影響下にありながらも、その多様性というデュファイの魅力を再認識させられた曲集。

フェデリコ・ダ・モンテフェルトロは馬上試合で右目を失ったため、いつも左向きの肖像が描かれた。
肖像画の背景に風景を描くのは、フランドルの画家の作風で、ピエロはフランドルの画家の影響を受けながら、イタリア伝統の横向きの肖像(プロフィール)を描いている。
フェデリコはカスティリオーネから「イタリアの光」と呼ばれた人物。傭兵隊長として活躍したが、君主としては寛大で教養があり、文化の保護者だった。豪華な装丁の豊富な蔵書の持ち主としても知られている。

☆デュファイは北フランス、カンブレの出身。
ピエロ・デラ・フランチェスカはイタリアの画家。この絵のモデルであるウルビノ公を含め、デュファイと直接は何も関係ないのだが、この絵を選んだのは、デュファイの没年と、フランチェスカのこの作品の完成年度がたまたま同じであることに気が付いたというだけの理由(笑)。

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コメント(17件)

内 容 ニックネーム/日時
 おはようございます。いつもコメントありがとうございます。
 今はレントでカンタータがお休み。
 のんびりと、大好きなブルゴーニュ・シャンソンのことでも書こうと思って、原稿を用意し始めていたんですが、いきなり先を越されてしまいました。
 しかも、ポイントをついた見事な記事。(笑)
 わたしもいずれアップするとは思いますが、その時は、どうか、あたたかい目で見てやってくださいね。
Nora
2007/02/21 09:01
ギョーム・デュファイのこともブルゴーニュ・シャンソンのことも全然知りませんでした。
aostaさんやNoraさんたちに脱帽です。

「ウルビーノ公夫妻の肖像」一度見たら忘れられない絵ですね。
ウフィツィ美術館でしたか、見て感激しました。
背景は当時のウルビーノを景色を表わしているのでしょうか?
tona
URL
2007/02/21 09:49
◇Nora さま

こちらこそ!
コメントを頂けるなんて思ってもいませんでしたので、とても嬉しいです。

>今はレントでカンタータがお休み。
Ash Wednesday (灰の水曜日)ということですね。

ブルゴーニュ・シャンソン、用意なさっていらしたのですか?
知らなかったは言え、思わず冷や汗が・・・
私の場合は、ほんとに単なる直感でしかありません。
つまり根拠のない感想です。
今回に限らず、自分が見当違いな事を感じたり、書いたりしているんのではないか、といつも不安に思いながらのアップです。
最終的には『これが私の感じ方なの』って居直ってしまうんですが(笑)・・・
 このデュファイの曲集は、素朴な明朗さと洗練された高雅な気品が、同時に存在しているような印象です。

Noraさんの記事がアップされる日を楽しみに待っています。



aosta
2007/02/21 23:25
> 新しい時代の到来を告げるかのような、清新な息吹き。

ルネサンスというと、復興と訳されることがありますが、それはルネサンス音楽を聴く限りにおいては、的を得た言葉ではないように思います。aostaさんの仰るように、間違いなく新しいことへの取り組みを始めた時代の音楽だと思います。

私は学校では西洋音楽のスタートとしてヴィヴァルディの四季を教わりました。しかし、時代をどんどん遡ってその音楽を知ることになりますと、まずルネサンス音楽が登場し、更には中世の音楽が登場します。リコーダーも50年位前の研究によって14世紀ぐらいまでは文献(文字)を遡れ、何と農家から発掘された楽器も15世紀ごろのものとか。

中世の音楽は、音楽=教会音楽。しかも単旋律の音楽ですね。グレゴリオ聖歌がその典型でしょう。しかしルネサンスになると、ポリフォニーやホモフォニーが登場し、さらにはリチェルカーレと呼ばれたフーガ(対位法)の技法を使った高度な音楽が登場します。更には、それまで教会のものであった音楽が、一般大衆のためのものも登場します。それが世俗音楽なのですね。
Stanesby
2007/02/21 23:27
釈迦に説法ですが、プロテスタントという宗派や言葉ができたから、キリスト教という言葉がカトリックとプロテスタントになったのと同じですね。

ヂュファイの音楽も、冒険に満ち溢れています。
以上、ギョーム連絡でした。
Stanesby
2007/02/21 23:27
興に任せていろいろ書いちゃいますけど、読み飛ばして下さい。
デュファイの時代って、世俗音楽はやっぱり邪道だったのです。
音楽は教会で奏でられるもの・・・それが定説といいますか、そういう時代ですから、教会の外で奏でられる音楽は音楽ではない。ましてや辻音楽師なんて、身分も相当低かったようです。

でも、欧州で印刷技術とコラボレーションしてプロテスタントの考え方が大流行したのと同じように、世俗音楽もその勢いをとめることが出来なかった。そして、世俗音楽で使われる楽器の中に、とても魅力的なものがあった。教会に通う王族や貴族は、その楽器を演奏してみたくてしかたがなかった。そこで楽器製作者がその世俗楽器を改造して、新たな名前もつけて、王侯貴族に差し上げた。こんな逸話が残っているくらいです。

僕は"世俗"って言葉が大好きなんですけどね。(笑)
Stanesby
2007/02/21 23:43
◇tonaさま
コメントありがとうございます。

ウルビーノ公フェデリコ・ダ・モンテフェルトロ。
塩野七生の『チェーザレ・ボルジア あるいは優雅なる冷酷』を読んで、その人となりに魅かれた人物でした。勇猛果敢な傭兵隊長として鳴らし、同時にまた芸術のよき理解者・保護者として、小さなウルビーノの宮廷の存在を内外に知らしめたルネサンス人。
強固な意志を示す固く引き結ばれた口元。それとは対照的な穏やかな目元。確かに、一度見たら忘れられない肖像画です。
背景はおそらく当時のウルビーノの風景だと思います。
aosta
2007/02/21 23:45
ひところの古楽ブーム、ピリオド楽器ブームが、熱を冷ましたような気がしています。古楽ブームといいますとやはり1980年代ではないでしょうか。我がハンドルネームのStanesbyは、リコーダーの製作者の名前で、その名を冠したリコーダーは素晴らしい音がします。リコーダーは元々古楽器ですから、現代楽器もないのですが、まぁしいていうならピッチが違いますけれど、フルートや金管楽器のような決定的な構造上の違いのようなものはありません。そうそう、学校で買わされたプラスティックの教育用楽器は古楽器ではありませんけど。

話がそれました。
古楽のブームも、1990年代後半になって熱が冷めたような気がします。新しい録音も、ひところのようにそんなには出てきません。むしろ、トーンハレ・オーケストラのベートーヴェン交響曲全集のように、またモダンピッチでのオーケストラ演奏が見直されていたりします。
Stanesby
2007/02/21 23:50
そうそう、書こうと思っていたのは、DECCAもそうだと思いますが、新しいものがなかなか入ってこないというか、企画が実現しない。だったら、仕方ない、過去の遺産で飯を食うか・・・。

廉価版の相次ぐ登場には、こんな背景があるのではないかと思っております。
Stanesby
2007/02/21 23:51
このおじさん、
目も鼻も口も顎も、
すごく特徴的ですね。

この時代は、音楽だけでなく、
絵画も挑戦的になって来たのでしょうか。
Stanesby
2007/02/21 23:53
◇Stanesbyさま

沢山のコメントをありがとうございました。
専門的過ぎて何とお返事差し上げたらよいのやら、嬉し哀しのaostaです。

中世とルネッサンス。
私が学生の頃の世界史では、中世は「封建的な暗黒時代」として、また歴史的文化的には停滞した時代として教えられていたように思います。
だからこそ「文芸復興」としての”ルネサンス”にのみ、光りが当てられていたような・・・

けれども、Stanesbyさんも仰るとおりグレゴリア聖歌に代表される中世の教会音楽は、決して停滞したものではなかったと思います。
始まりのない歴史はありません。
そして、西洋の音楽は教会音楽から始まりました。中世のグレゴリア聖歌こそは全ての西洋音楽の豊かな揺籃であったのだと思います。

aosta
2007/02/21 23:59
◇Stanesbyさま

オーストリア出身のユダヤ人哲学者ブーバーにこんな言葉がありましたね。「我を語るには汝を語ればよく、「それ」が語られれば我は語られ・・・」
厳密に言えば「自己の二重性」ということなのでしょうが、この言葉通りに理解するなら、「自己/我」を知るためには「他者/汝」の存在が必要にして不可欠、という意味にもなるかと思います。

カトリックとプロテスタント、教会音楽と世俗音楽。
いずれも相対する概念があってはじめて認識されるものですね。

>デュファイの音楽も、冒険に満ち溢れています。
冒険!なんて言いえて妙な表現でしょう!
そうですよね。
新しい時代、新しい音楽へと乗り出すひとつの冒険であったんですよね。
aosta
2007/02/22 00:23
◇Stanesbyさま

>音楽は教会で奏でられるもの・・・

中世のキリスト教会において、音楽こそは芸術の最上位に位置されるべきものであって、まさしく「神の言葉を語る芸術」としていわば”隔離”状態にあったのですね。

けれども音楽が、教会のひとつの手段として不可逆的な位置づけがなされてしまった時点で、世俗音楽は、それが自然発生的な音楽であったがゆえに、なお一層その輝きを増したのではないでしょうか。

王侯貴族でさえ虜にしてしまうような、生きている音楽の力が『世俗音学』にはあったのかもしれませんね。
aosta
2007/02/22 00:34
◇Stanesbyさま

トーンハレ・オーケストラのベートーヴェン交響曲全集、いいですよね!
私は3番と4番しか聴いておりませんが今まで聴いたことがない意表をつく演奏です。
こういう演奏(楽譜)が発掘されたということ自体が驚きです。
aosta
2007/02/22 00:39
◇Stanesbyさま

>だったら、仕方ない、過去の遺産で飯を食うか・・・。

このCDには、1980年の録音とありました。
50年代のフェリアーやリパッティが大好きな私には80年代は、仰られるほど「過去」であるとの認識はなかったのですが、確かに考えてみればすでに「過去」ですよね。
でもそのおかげで、安価に名演奏のCDを入手できていることも事実です。
痛し痒し、といったところでしょうか。

いいわすれました。
トーン・ハレ、モダン楽器による演奏なのにとても古楽的な響きです。
それがかえって新鮮に聞こえます。
aosta
2007/02/22 00:48
◇Stanesbyさま

>この時代は、音楽だけでなく、
絵画も挑戦的になって来たのでしょうか。

chousennteki
といえるのかどうかはわからないのですが革新的であったことはいえるでしょうね。なによりも絵画において「遠近法」が確立したのはこの時代のイタリアにおいてでした。
「消失点」というそれまでなかった概念が定着したのです。

このフランチェスカの絵の背景は遠くのものほど霞んで見えるという事実に基づいた「空気遠近法」という手法で描かれたものだと思います。
aosta
2007/02/22 00:55
◇Stanesbyさま

以上でギョーム連絡を終わります。
お休みなさいませ(笑い)。
aosta
2007/02/22 00:57

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