消えがてのうた

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<<   作成日時 : 2007/12/04 08:54   >>

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夕闇の匂いが迫る道を

少年が 走っている。


膝小僧は 

白く 

規則正しく

少年は ただ全速力で 駆けている。



画像




山の端に 月が昇る。

空気の色が 青くなり

風が 

高い空の下で 

旗のように 鳴り始める。

夜は 静かに澄んでゆく。

少年は 月と走る。

月も 

少年のあとを 追いかけて 走る。



私が 走れば

月は

いまでも 後をついてくるだろうか。



2007-12-03 aosta



画像





  ★お月様の写真は、私が拝見しているふくやぎさんのブログからお借りいたしました。
   月や星の写真を見るのは大好きですが、写真は難しくて撮れません(汗)。
   
   一枚目のお写真、明け方の有明の月。
   詩の中で昇る月はもちろん夜で、見え方は全く違うのですが、あまりに素敵なお月様。
   あえてこの写真を使わせていただきました。
   ふくやぎさん、勝手で急なお願いを快く了解してくださいましてありがとうございます。




   

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2010/04/01 08:57

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コメント(20件)

内 容 ニックネーム/日時
 おはようございます。
 文章も写真も、拝見しているこちらの気持ちまでもが、青く澄んでくるようです。
 電車などに乗っていて、月や太陽や大きな山などが「ついてくる」という感覚。もうすっかり忘れていた感覚を、思い出させていただきました。
 ありがとうございます。

 朝一番で写真を見て、aostaさん、いつのまにこんな技を、と、衝撃をうけましたが、最後を呼んで、ホッ。
Nora
2007/12/05 09:18
まだ薄くらい朝の空気の中を走る少年の息遣いが聞こえてきます。月の影が少年を追います。朝の絵ですね。
森の生活
2007/12/05 10:02
お月様とひざ小僧は似ていますね(^^)

銭湯からの帰り道、月と追いかけっこをした幼い日の懐かしい記憶が蘇りました。
勝てないのは私の足が遅いせいだと思っていました。
Fu Shusei
URL
2007/12/05 16:34
◇Noraさん
 早速のコメント、ありがとうございました。

>もうすっかり忘れていた感覚

私も、なんです。
自動車の窓に額をつけては「お月様まだついてくるよ〜!」とはしゃいでいた子供たち。そして、後ろを振り返りながら夜道を月と走った、私自身の遠い昔を突然思い出したとたん、なんだか寂しいような、悲しいようなそれでいて懐かしいような言い知れぬ気持ちに襲われました。

>最後を読んで、ホッ。

写真はまだまだ修行中です。
天体写真は、夢のまた夢・・・(笑)
aosta
2007/12/05 20:17
◇森の生活さん

子供って、どうしてあんなに走りたがるのでしょう。
走らなくてもいいときでも、走り出します。
まるで走ることが嬉しくてたまらないように。
大人になるって、つまらないですね。
せいぜい、バスに遅れそうになったとき、必死の形相で走るくらい(笑)・・
aosta
2007/12/05 20:18
今週は外出がつづき空をに上げる余裕もないのですが、今美しい月の写真を拝見して、子供のとき、弟と走ったことを追憶します。月を見上げると、遠く唐土より三笠の山に出でし月を偲んだ安倍仲麻呂とか、ビリティスの歌の中の「青い眼の月」という詩など思い浮かんできます。少年が走る「月」の詩
は冬の月なのでしょうか、凛としたところがとてもよいですよ。今夜の月の出は、(6日)午前2時18分だそうです。東京の空は、オリオンも定かに見えずとても悲しいのです。
SONNET
2007/12/05 20:27
◇Fu Shuseiさん
こちらにもコメントありがとうございます。

>お月様とひざ小僧は似ていますね

待っていました!
実は膝小僧の半月板のイメージが私にもあったんです!
だからって、どうって事はないのですが(笑)。
まあるい膝小僧とお月様、きっと仲良しです。
aosta
2007/12/05 20:32
◇SONNETさん

万葉の昔から日本人は月を愛でてきましたね。
月に想いを託し、また月に面影を偲び、月はいつも生活の中にありました。
「ビリティスの歌」名前だけは知っておりましたが、まだ読んだことはございません。誰だったか歌曲にしていたような記憶もあるのですが。
「青い眼の月」、とても雰囲気のあるタイトルです。

今春から東京近くで大学生活を送っている娘も「星が見えない」と嘆いております。
原村は、「星の村」。月明かり星明りで夜空はいつも輝いています。
aosta
2007/12/05 20:56
星の村、なんですね!
それならバリバリ撮れそうですね!
羨ましいです!

こちら、文章はサッパリなので、目に止まったらドンドン画像をどうぞ!
すてきな詩をお願いします〜
ふくやぎ
URL
2007/12/05 22:03
「夕闇を走る」は瞬時に少年時代の思い出を想起させてくれました。
紫色の空気の中、何かにせきたてられるように走っていた記憶が蘇ってきます。そして、そこには今も変わらない月がある。
詩は魔法のようですね。
吟遊詩人
URL
2007/12/05 22:15
いいカメラであっても、このように鮮明な月の写真はどうやったら撮れるのでしょうか。八が岳の澄んだ空と性能の良い望遠レンズと辛抱強さどれ一つ欠けてもとれませんね。こういう月をみながら母の作る夕餉は僕の好きなものだろうかと走っている感じがします。
イエローポスト
2007/12/06 11:05
◇ふくやぎさん

こんばんは。
お写真、ありがとうございました。
「詩」と言えるか私にも自信のない文章ですが、おかげさまであぷすることが出来ました。ありがとうございました。

原村は、星が美しいことで知られている村です。
毎年夏には村主催の「星祭り」が行われます。小学校にも丸い天体ドームがあります。中には天体望遠鏡のドームつきの「普通のおうち」も何軒かあり、星が見たくてこの村に移り住んだという方も少なくないようです。
流星雨のときなどは怖いくらいの星が一度に流れます。
どうぞ一度おいでになって、存分に天体写真をお撮りくださいな。
aosta
2007/12/06 21:45
◇吟遊詩人さん
 コメントありがとうございます♪

>紫色の空気の中、何かにせきたてられるように

紫色の空気という言い方、すごくぴったりです!
確かに夕闇前、空気が紫色に染まる一瞬がありますね。
あれこそ「魔法のような時間」です。

>今も変わらない月がある

変わってしまったのは「自分」なんですよね。
月は何も変わらず、夜空に輝いていますけれど、私はと言えば、一緒に走ったこともさえもいつの間にか忘れています。
何か大切なものをどこかに置き忘れてきたことに突然気づいた時の寂しさ。
走る少年に、郷愁のような懐かしさを感じたのは、そんなときでした。
aosta
2007/12/06 21:58
◇イエローポストさん
 こんにちは。コメントありがとうございます。

>母の作る夕餉は僕の好きなものだろうかと走っている感じがします。

オレンジ色の灯りがともった家並みを過ぎ、夕餉の支度の匂いが漂う中を、暮れなずむ道を帰るときは、不思議に感傷的な気持ちになったものでした。
夕暮れ時はなぜか人恋しいときでもありますね。
aosta
2007/12/07 09:45
私の末の妹は9歳下なのですが、彼女がたしか4歳くらいの時に、
私が抱っこして家へと帰る途中、突然
『ときちゃんのおじいちゃんはお月様にいるんだよね。』
とさめざめと泣き出し、困ってしまったことがあります。

懐かしいあの日のこと、思い出させてくださってありがとうございます。
ちょろえ♪
2007/12/07 10:42
◇ちょろえ♪ちゃん
 おはようございます。

幼い子供がどのようにして「死」を直感するのか、わかりません。
私の場合は、幼いというよりもう小学校の低学年にはなっていたと思うのですが、ある真夜中、ふと眼が覚めて、眠れないまま天井を眺めていたとき、突然「死ぬ」事の恐怖に身が震えるような経験をしたことがありました。
それは自分の死ではなく、いつか父も母も私を置いていなくなってしまうのだという事実を確信してしまった恐怖でした。
なぜあんなに唐突に「死」を思ったのか今でもふしぎです。
枕が濡れるほど、おお泣きして、頭が痛くなったことを憶えています。

妹さんは、おじいちゃんの死を、月を見たとたん、はっきりとした現実として、もう帰ってこない、会えないという事実として体感した。
子供だけが持っている動物的な本能のようなもので「死」を直感したのかもしれませんね。

小さな子供が思い当たる理由もないのに、突然火がついたように泣き出すときがありますよね。
そんなときは、何かを見ているのでは、何かを感じているのではないか、とおもってしまう私は、ちょっと変??
aosta
2007/12/08 09:25
私の祖父は、写真も何も残っていなく、母もおじいちゃんに抱かれたことはなかったと聞いています。父方の祖父も妹が産まれた頃には他界しておりました。だから、とても不思議で、とってもびっくりしたのです。
小さな子供だからこそ、何かを感じていると私は信じています。
心の中で感じる魂があるのは、なんだか素晴らしいことだと重います。
重ねてコメント、失礼しました。
ちょろえ♪
2007/12/08 09:43
◇ちょろえ♪ちゃん
 再コメント、ありがとうございます。

妹さんはおじい様の記憶はなかったのですね?!
それと伺えば、なおさらのこと不思議です。
会ったこともないおじい様を月の中に見た妹さん。
確かに「心の中で感じる魂」でしか感知し得ないものだと思います。

aosta
2007/12/09 21:59
月はよく擬人化されますからね。
風と少年と月とaostaさんが、走っているような感じがします。
子供の頃の思い出と現在の心境が交差しているような気がします。

僕の方の月を詠った詩は、以下のmixiのHPにあります。

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=965895156&owner_id=20280685
『やさしさ』第二十四段、今日も朝のジョギングを、、、編集する 2008年10月17日06:47

宜しかったら、ご拝読、コメントをお願いします。
坂本誠
2008/12/24 21:59
◇坂本さん

おはようございます。
こちらにもコメントありがとうございました。

たまたま車を運転していて見かけた少年、半ズボンで走っていました。
空には月。
一瞬私の脳裏に浮かんだのは、小学生のころの長男でした。
いったいいつ頃から半ズボンをいやがるようになったのだろうかと考えているうち、幼かったころの子供たちの思い出と、車のあとから月がついてくる野が不思議で仕方なかった子供の頃の私の記憶とを同時に思い出しました。
私の中で過ぎて行った時間、こどもの中で過ぎて行った時間、時間は流れて遠くなっていくけれど、月はあの頃と同じように輝いていました。
子供時代の思い出と現在の心境が交差しているような気がします、という坂本さんの言うとおりの詩です。
この詩の中で走る少年は、私の記憶の中の幼かった息子です。
aosta
2008/12/25 08:27

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