消えがてのうた

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zoom RSS 偶然が行きつくところ (その2)

<<   作成日時 : 2007/12/14 11:18   >>

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それから一年が過ぎ、移植も無事成功した年のクリスマス前、長男は退院した。
検査や定期的な治療のための入院はまだ必要だったが、少なくとも病院は、今までと違い目と鼻の先だった。

お隣の牧師家族には我が家の子供たちと年の近いお子さんが3人いらして、外遊びが出来ない長男や、必要以上に内気だった長女のよい遊び相手になってくれた。
日曜日の礼拝の時だけでなく日常の生活においても、、牧師家族とのお付き合いは深くなった。
特にまりこさん(牧師夫人を皆そう呼んでいた)とは、子供を持つ母親同士の、親密で温かいつながりが始まっていった。

そんなある日、お昼ご飯をご一緒させていただいて洗面所をお借りしたときだった。
壁に飾られた一枚の写真にふと目がいった。
雨上がりの石段に散り敷いた桜もみじの写真。
ただ美しくもみじした葉と濡れた石段。
それだけの写真ではあったのだが・・・


画像




学生時代、私は吉祥寺に住んでいた。
いや、正しくは最寄駅が吉祥寺であった。
玉川上水沿いの下宿から駅に通う道すがら、いつも気になっていた教会があった。
「相愛教会」と小さな看板が掲げられたその教会の玄関は、道路から何段か石段を登ったところにあって、その近くに一本の大きな桜の木が立っていた。
その石段は、春には桜吹雪でピンク一色に染まり、葉桜の季節には柔らかな若葉の緑が穏やかに影を落としていた。
そして秋ともなると、赤く紅葉した葉が石段一面に散り敷いた。

何度か私はその石段を登って、そっと礼拝堂の中を覗き込んだことがある。
けれども、人気のない静まり返った平日の教会の、玄関受付に置かれた週報やチラシをこっそりいただくことはあっても、声をかけて訪なうことはとうとうできなかった。
その頃の私には、大学での礼拝を除き、プロテスタント教会の敷居はまだまだ高かった。

ダイニングに戻った私は、まりこさんに言った。
「洗面所の写真、何だかとても懐かしいわ。
 東京にいた頃、近くにあった教会を思い出しちゃった。」
「東京?・・・東京のどの辺り?」
「井の頭公園の近く。玉川上水沿いよ。」

しばしの沈黙のあと、まりこさんは言った。
「もしかして、その教会、相愛教会って言わなかった?」
今度は私が黙る番だった。
「その」教会が、まさしく相愛教会であったことは言うまでもない。
しかも、彼女は続けてこう言ったのだ。
「あの写真は主人の父が撮ったの。義父は相愛教会の牧師だった・・・」

一瞬、ふたりとも頭が混乱したように押し黙った。
そして私が了解したことは、私がこっそり覗いていたあの教会の、当時の牧師の息子さんが、今私の目の前にいるまりこさんのご主人であり、お隣の教会の現在の牧師であるという、信じられないような事実だった。

一枚の桜もみじの写真。
なぜ私はあのとき、どこにでも見かけるその風景に、最後まで足を踏み入れることの出来なかったあの教会を思ったのだろうか。
神様は時々不思議なことをなさる・・・

私が松本から原村に居を移して3年ほどして、松本の牧師は招かれて東京の教会に移られた。
渋谷桜丘町にある中渋谷教会
大正6年、森有正さんの父上であった森明牧師によって設立された教会である。



     ★写真は現在の相愛教会 礼拝堂
      
       HPを拝見したところ、2003年に建替えられたとありました。
       私が知っていた、あの小さな教会の面影はもうありませんが、いつかまた
       そして今度こそ、しっかりたずねてみたいと思っています。
     
       あの桜の木はいまでもあるでしょうか。

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タイトル (本文) ブログ名/日時
偶然が行きつくところ (その1)
私が一回見ただけでそのマンションに決めたのは、第一に病院に歩いていかれる近さゆえだった。 そして、もうひとつ。 マンションのとなりに小さな教会があったこと。 ...続きを見る
消えがてのうた
2008/04/22 07:39

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コメント(49件)

内 容 ニックネーム/日時
あっ、と声を上げてしまいそうでした。

高校生の時分に森有正氏の著作を読まなければ今の私はないと断言できます。いらぬ苦労や回り道も含めて…。

直接教えを受けなかったものの、私の学んだ大学で、当時専任ではないながら教えておられました。その学校のオルガンを弾き終えた氏が、チャペル脇のラウンジの売店でアンパンを買っておられる姿ですら仰ぎ見たものでした。(S先生がいらしたのと同じ学校かもしれませんね。女子大の方でなければ…)

あんなに早くお亡くなりになるとは思いもせず、門を叩くことなく過ごしてしまったことが悔しくてなりません。

ブログもまたお尋ねください(最近アップが減っていますが…)。






夏炉登仙
2007/12/14 15:07
渋谷の桜丘ですか・・、その教会の場所は知りませんが、その地に1年と少しだけですが勤務していたことがあります。
全く関係のない絆ですけども・・、細くとも繋がっていると、嬉しいです。
人生ゆっくり
2007/12/14 17:11
aostaさん、お久しぶりです。
東京で学生生活を送っておられる貴息の話は、以前、
貴ブログでお読みしたことあります。読んで、随分
素直な息子さんだなあ、と思ったことを覚えています。
私など、学生時代は、ひたすら、親から離れて独り立
ちしようともがいていましたから…。
私は子供の頃は重い小児ぜん息で、学校もよく休み、母
に心配と苦労をかけました。今では元気になりましたが…。

ところで若い頃は元気だった母が、不治の病にとりつかれ
もう十年間も入院生活を送っています。今では話をするこ
とも、身体を動かすこともできません。私もどうしてよい
のかわかりません。
『カラマーゾフの兄弟』の中でゾシマ長老は祈り続けるこ
との大事さを説いていました。知人の牧師の先生もお祈り
することの重要性、それから母に、1回でも多く電話をかけ
たらどうか、と仰っていました。
しかし最近私は、祈ったところで何かが変わるわけではない
し、祈っても無駄ではないかと不遜なことを考え始めました。
明日は、帰省の予定の予定です。母に元気な顔を見せてやろ
うと思っています。
アルトゥール
2007/12/14 19:02
玉川上水ふちの教会、なつかしいですね。あの桜の木は新しい会堂建設のために切られてしまいました。
森の生活
2007/12/14 19:52
縁って不思議なものですね。
一生のうちで出会える人と人の間には見えない何かがあるのでしょうか。
たくさんあるブログの中から、こうしてaostaさんのブログにたどり着けたことも、素晴らしいご縁(私にとっては(^^ゞだと思っております。
うさみ
URL
2007/12/14 20:13
◇夏炉登仙 さん

すっかりご無沙汰しております。
コメントをいただきましてとても嬉しいです。
しかも、もしかして夏炉登仙さんはI○Uのご出身なのでしょうか。
確か森有正さんもS先生もI○Uで教鞭をとっていらしたときがあったように思います。私はそのI○Uとそう遠くない善○寺の某女子大に通っておりました。東大を出たばかりの森さんも戦前の一時期、わが母校で教えていらしたようです。
もし外れていなければ夏炉登仙さんとかなりニアミスしていた可能性があります。年齢、近いです(笑)

なんだか○○だらけのお返事になってしまいましたね。
見る人は見たら、すぐにばれてしまうのでしょうが(笑)。

>アンパンを買っておられる姿ですら仰ぎ見たものでした

なんだか判るような気がいたします(笑)。
aosta
2007/12/14 20:28
◇アルトゥールさん

今日は不思議な日です。
しばらくご無沙汰していた方たちから次々コメントをいただいてすなおに嬉しく思います。

お母様のこと、どんなにかご心配なことでしょう。
十年間の入院生活、お母様だけでなくご家族の方たちにとってもどれほど長く、またお辛い十年だったことかと思います。
祈ること祈り続けることは時に無力であり、無意味としか思えないときは私にもありましたし、現在でも時としてそう思うことがございます。
そんな時はせめて、ただその人のことを想うことにしています。
思い出であれ、立ち向かわなくてはならない現実であれ、その人、そのことを深く想うことで全的にその対象を受け入れたい、共にありたいと思うからです。
ただ名前を呼ぶだけの祈りであっても、本当は無意味ではないと思います。
名前とは、その相手を他者と区別するもの、その人の命に繋がるものだと考えます。どうぞお電話をかけて差し上げてください。
そしてお名前を読んで差し上げてください。もちろん「おかあさん」でいいのです。
aosta
2007/12/14 20:47
◇アルトゥールさん、続きです。

ごめんなさい。
勝手なこと、わけのわからないことを書き連ねてしまいましたね。
明日からのご帰省、どうぞお気をつけてお帰りください。
お母様もどんなにかアルトゥールさんの帰りを待っていらっしゃることでしょう。
aosta
2007/12/14 20:48
◇森の生活さん

>あの桜の木は新しい会堂建設のために切られてしまいました。

どうしてごぞんじなのですか?
もしかしてあの教会と関係がある方なのでしょうか。
それともあのお近くにお住まいだったとか・・・
なんだかちょっとドキドキしています。
もし差支えがなかったら教えてください。
aosta
2007/12/14 20:51
◇うさみさん

こんばんは♪
偶然と必然、まるでメビウスの輪かなにかのように、どちらがどちらかわからなくなってきました。
もともと同じものかもしれませんね。
私たちがそのことをどう捕らえるかで、偶然で終わってしまったり必然になったり。うさみさんとの出会いは之はもう「必然」。
一方的に過ぎますか(笑)?
aosta
2007/12/14 20:56
apstaさんの息子さんへの気持ちを思いながら(1)(2)を読みました。
この話に息子さんのことは関係ない、あえて説明することはないかもしれないとしながら、息子さんの入院が会ったからこその出会いと捉えられていて、(1)を読んだとき、胸がきゅんとなりました。
(2)はどんな展開?とドキドキしてしまいました。
辛い体験をしても、もしその体験がなかったら出会わなかったであろう人っていますね。
その経験は決して味わいたくなかったものでも、それがあるからその次の出会いがあったということは、私も何度か経験しました。
縁もありますが、禍福糾えるごとしと思ってます。
lavie
2007/12/14 22:07
 こんばんは。私はクリスチャンでありながら教会生活をおくっていない者ですが、私に起きることは全て神様の御心であるということをこの頃痛切に感じています。あの時の自分の苦しみはここを堪えるために、またこれに気付くためにあったのかと思わされています。本当に神様のなされることは人間には計り知れないものなのですね。
alex
2007/12/14 22:20
人間の目に写る不思議な偶然は、神の、個々に対する壮大な計画なのかも…

そう感じさせる素晴らしい日記でした。

読ませていただいたこと、心から感謝します。
マルセリーノ
2007/12/14 23:28
◇lavieさん

(その1)でどなたかのお返事書きましたが、人生って阿弥陀くじみたいだと思う時があると同時に、ビリヤードそっくりだなとも思います。
ポン、とひとつ玉が転がって次の玉にあたる。その玉はまた新しい玉へとつぎつぎ連鎖反応式に玉が動いて行きます。そしてその玉は、必ずしも意図したところに転がっていってはくれません。そして結果も。

子供の病気、という玉は私の予想を超えて転がりました。
最初の玉が子供の病気だったとすれば、話はやはりそこから始まります・・・

>禍福糾える縄のごとし

昔の人(中国の人でしたっけ)、真実を見ています。
aosta
2007/12/15 07:01
驚かせましたね。偶然です。
その教会の初代牧師も息子の東京の牧師もよく知っています。松本の教会へは何回か行きました。
切り倒された桜の木の一部は原村にあります。東京の牧師の兄さんが原村の別荘へ運んできました。
森の生活
2007/12/15 07:14
◇alexさん

教会生活とて、社会の縮図です。
クリスチャンだからと言って聖人君子の集まりではありませんね。
逆に信仰があるがゆえに人間関係が難しくなってしまうこともあります。
ご家族の理解と言った問題もあるでしょう。
もともと信仰とは、神様とそれぞれの一対一の関係ですから、なおさらのことかもしれません。偏見かもしれませが、まじめな方ほど教会に行かれないという矛盾した傾向があるようにも思います。

でもそのこともまた神様は見ていてくださる。
すべてのわざには、時があります。
何かひとつの「こと」がおきても、その意味を知らされるときを心静かに待てたらいいなと思います。(私の心はよく波立ってしまいますが・笑・・・)
aosta
2007/12/15 07:17
◇マルセリーノさん

>人間の目に写る不思議な偶然は、神の、個々に対する壮大な計画なのか  も…

これ中国の故事に基づく言葉なのでしょうが「天網恢恢疎にして漏らさず」という言葉を父は好んで口にしました。
天に張り巡らされた網の目は大きすぎて目には見えないけれど、良いことであれ悪いことであれ、どんな小さなことでも見逃されることはない、というような意味だと説明された覚えがあります。

神様の壮大な計画。
大きすぎて見えないのかもしれませんね。
aosta
2007/12/15 07:30
◇森の生活さん

O牧師をご存知でいらしたのですね!!
これも、私には素晴らしい偶然です。

私が引っ越してきた当時はまだ未完成でしたが弟さんの別荘はもう完成したのでしょうね。
実は森の生活さんの最初のコメントを拝見したとき、もしかしたらO牧師の弟さんかしらとも考えたaostaです(笑)。

やっぱり神様は不思議なことをなさいます。
aosta
2007/12/15 07:35
どこかでこんな言葉に出会いました。
「生も一時のくらいなり、死も一時のくらいなり。たとえば、冬と春とのごとし。冬の春となるとおもはず、春の夏となるといはぬなり。」
おそらく、この思想は、受容する心を得ることをいったものだと認識します。人生は煎じ詰めれば、生々流転だと思えば、そこから見えてくるものがあるのではないでしょうか
SONNET
2007/12/15 10:05
 aostaさん、ありがとうございます。神のなされることはすべて時にかなって美しいとまでは、私まだ修養が必要ですが(笑)、いずれその心境に導かれましたら幸いです。
alex
2007/12/15 16:07
aostaさん、お邪魔します。(先日のコメントありがとうございました)

ひとは自分のことを考える自分を持っているために、自分に起こったことの意味について考えるのではないかと私は思っています。私は学生時代に妻と出会わなければJ.S.バッハとの出会いも無く、現在の様に「聖歌隊の助っ人」をすることもありませんでした。それらは「偶然という名の必然」なのだろうと考えています。

今週より所属している一般の演奏団体の『メサイヤ』の練習に参加し始めたのですが、自分自身がその楽曲を明確な対象に向けて演奏していることに気が付き、そのことに驚く自分と当然のこととして受け入れている自分の両方がいます。私は求道者ですが、だんだん「助っ人」でなくなってきているのかもしれません。そしてそれもまた何かの必然なのかもしれないと感じています。

お邪魔しました。
Tenor1966
2007/12/16 01:21
◇人生ゆっくりさん

すみませんっ!
早々にコメントをいただきましたのに、お返事を差し上げないままでしたこと、申し訳ございませんでした。
渋谷は坂の多い街ですね。
人生さんも桜丘に通われていたときは、ああした坂道をのぼっていかれたのでしょうか。
初めて教会を訪ねていったときは駅まで、まりこさんが迎えにきてくださいました。私が知っていた頃の渋谷とは大分様変わりしていて、一人ではたどり着けなかったかも知れません。
新宿にしても、西口となると完全おのぼりさん状態です(笑)。
aosta
2007/12/16 15:45
◇SONNETさん

「冬の春となるとおもはず、春の夏となるといはぬなり。」

素晴らしい言葉を教えていただきました。
いたずらに春を待つことで嘆くこともせず、冬は冬のままの在りようを受容してる・・・。
不思議に想いが澄んで行くようです。

>人生は煎じ詰めれば、生々流転

すべてのエネルギーは目には見えない法則にのっとって、循環してあるのだと思います。
命もまた同じなのでしょう。
見失ったかと思うときがあっても、形を変えて静かに息づいている、そんな気がいたしますね。
aosta
2007/12/16 15:53
◇alexさん

再コメントありがとうございました。

>私まだ修養が必要ですが(笑)

私も「修行中」の身です(笑)。
果たして修行しているのかどうかも、実のところかなり怪しいのですが・・・。
aosta
2007/12/16 15:57
◇Tenor1966さん
 お越しくださいましてありがとうございます。

>「偶然という名の必然」
私も良くそのことについて考えます。
そのときには単なる偶然としか思えなかった出来事が、時間と共に必然としかいえないものに熟成していく不思議。
もちろん最初から「必然」であると直感することもあるのかもしれませんが、私の場合は時間を経過することによって気づかされる必然が多いように思います。
Tenor1966さんの奥様との出会いがバッハとの出会いにつながり、またそのことで教会にも導かれたのでしょうか。

>自分自身がその楽曲を明確な対象に向けて演奏していることに気が付き、そのことに驚く自分と当然のこととして受け入れている自分の両方がいま
す。

コメントを拝見して、このことこそが、必然の結果なのかもしれないと感じました。必然は必然と気づかされたとき、しみじみとした感謝を伴う驚きにみちています。

またお尋ねいただけると嬉しいです。
ありがとうございました。
aosta
2007/12/16 16:07
不思議な世界は不可思議としかいいようがない。しかしその不可思議にもさらに先があって宇宙を感じるような遠いところでも、まさに背中合わせだったようですね。
イエローポスト
2007/12/17 01:07
aostaさんの文章、そして皆さんのコメントを拝見しているだけで胸がいっぱいになりました。コメントのやりとりの中にもまた新たな不思議なつながりが見つかったようで・・・。偶然と必然。今もまだ進行中なのかもしれませんね。

>東京にいた頃、近くにあった教会を思い出しちゃった
心に思っただけで、aostaさんが口に出して仰らなければ、まりこさんご一家との不思議なつながりも分からないままだったかもしれませんね!
ところで某女子大のご出身なんですね。某女子大の方ならご存知かもしれない昔ながらのお店にも出没しております。次回は、aostaさんもここのハンバーグを召し上がったかしら・・・なんて想像しながら食事することにします(笑)
Fu Shusei
URL
2007/12/17 20:41
◇イエローポストさん

偶然と必然の不思議なあり方はまさに”宇宙的”不思議かも知れませんね。
面だとばかり思っていたものが実は裏だったり、裏だと信じていたら表だったり。。。
aosta
2007/12/18 23:03
今夜NHK22時1chのプロフェッショナルを見ていたら、東京都現代美術館のキュレーター(展示のデイレクター)長谷川祐子さんが認め、アルミ0.1oを1トンつかってこれにヘリュウムをいれ床上に浮かばせることをデザインした人・芸大出身の石上純也氏が原村だとありました。
イエローポスト
2007/12/19 00:15
◇Fu Shuseiさん

>心に思っただけで、aostaさんが口に出して仰らなければ・・・

う〜ん。確かに奏ですね。
口に出してはいけないこと、もあるのでしょうが、言葉にしてこそ分かることは多いですね。私とってやっぱり不思議でならないのは、あの写真が本当に葉っぱだけの写真だった、ということなんです。
もちろん美しく紅葉した紅い桜の葉ではありましたが、ただそれだけの写真。ただそれだけなのに、10年以上思い出すことがなかったあの教会を連想したということが何より不思議なことでした。

>女子大の方ならご存知かもしれない昔ながらのお店にも出没しております

私は学生時代、母と奥さんが同郷だと(これもも全くの偶然でしたが)判明したことで即決となった賄い付きの下宿にお世話になっていました。朝昼家族の一員のように食事が一緒で。外食の機会は全くありませんでした(悲)。
母親以上にあれこれ心配して下さったことは感謝しなければならないのですが、全くの「かごの鳥」状態であったことが返す返すも残念です(笑)。
aosta
2007/12/19 05:35
◇イエローポストさん

おはようございます。
石上純也氏、不勉強で存じ上げませんでした。
石上さんの作品、ちょっと面白そうですね!
aosta
2007/12/19 05:53
aostaさん。

ご指摘の通りの学校に在籍しておりました。卒業は別の学校なのですが。吉祥寺の三浦屋の前あたりですれ違っていたかもしれませんね。

私の方も、メサイアを聴き、24日夜はミサを捧げてきました。「嬰児(みどりご)が生まれた」とは何度聞いても鼻の奥がツンとなるフレーズです。「柔和で謙遜」。これこそ赤ちゃんです。親となってみて初めて見える信仰の姿もあるように思えます。

よいお年を。
夏炉登仙
2007/12/26 12:10
◇夏炉登仙 さん

やっぱりそうだったんですね!!
三浦屋、懐かしいです。小笹のお団子や好味屋のケーキなどなど・・・
I○Uは、高校時代の友人が寮にいましたので、よく遊びに行きました。

>親となってみて初めて見える信仰の姿もあるように思えます。

本当に小さな子供、特に乳幼児はずっとずっと神様に近い存在だと心底思います。自分が生んだ子供と初めて顔をあわせたとき、なんともいえない恐ろしいような感動を覚えました。生んだのではなく神様から託されたのだ、という思いを非常に強く感じました。

新しい年が夏炉登仙 さんにとって良い年になりますように。
aosta
2007/12/26 21:46
aosta さんが、今お元気であること、良かったです。
息子さんも全快で、娘さんもお健やかで、良かったです。
家族や大切な人には、ただ、元気でいてほしいですものね。
出逢いや繋がりについて、不思議だったり、自分はつくづく恵まれていると思うこのごろです。
占いを見ると、私は強運らしく、だから他人のために働きなさい!と書かれますが、ものぐさなんで、動きが遅いです(笑)
JF
2007/12/28 09:47
2008年もお元気でお過ごし下さい(^^)
JF
2007/12/28 09:50
◇JFさん

ありがとうございます。
いまはあの当時のことが嘘のように平凡な毎日です。
その平凡であることの「有り難さ」は、まったくこの字のとおりです。
平凡であることがどんなに素晴らしい奇跡であるか、同じ屋根の下で家族全員が眠れること、大切な家族のために食事を整えること、朝、笑顔で家族を送り出すこと・・・
こうした毎日が繰り返されるということの幸せを何よりも大切にしたいとおもえるのも一度それらを手放したからなのでしょうね。
aosta
2007/12/29 06:41
◇JFさん

今年、JFさんと出会えたことを大切にしようと思います。
最近そちらにお邪魔できずにゴメンナサイ!
少し落ち着きましたらまたゆっくりと遊びに出かけたいと思います。

良いお年をお迎え下さい。
来年もどうぞよろしく。
aosta
2007/12/29 06:45
はじめまして。
相愛教会の検索をしていて、
偶然にも当ブログへと導かれました。

信ちゃんは、信州から渋谷へ来ていたのですね!
子供時代、あの教会でさんざんお世話になり、
お兄さんのケンちゃんを餓鬼大将にして
いっぱい楽しい思い出をつくりました。

建て直しで、教会の名物だった桜の樹はなくなりましたが
信ちゃんの進んだ先を知り、大変うれしくなりました。

ただ、その一点で、ありがとうとお伝えいたします。
三鷹の思い出と、信ちゃんご一家との出会いが
aosta様の良き道しるべとなりますように。
なまぞう
2010/05/04 18:20
◇なまぞう様

お越しくださいましてありがとうございます。
コメント、嬉しく拝見させて頂きました。
O先生をご存じでいらしたのですね♪
後日談になりますが、このブログに頂きましたコメントの中でも不思議な出会いが重なりました。以前から拙ブログにコメントを寄せてくださっていた方の中で相愛教会やO先生ゆかりの方がお二人もおいでになったんです。
この不思議な偶然にはは本当に驚かされ、同時に嬉しく思いました。
お兄様の別荘が原村にありますが、O先生もお忙しく、おいでになるご様子もないようで残念です。

「消えがてのうた」は「 PART 2」として再開しておりますので、よろしければまたお立ち寄りくださいませ。→ http://folli-2.at.webry.info/
aosta
2010/05/05 06:02
aosta様、さっそくのお返事、ありがとうございました。
信ちゃん(…不敬ですみません。教会のお兄さんという認識しかないので、牧師になったと聞いても、現物を目の前にしないと、先生という気がしないのです。私にとってO先生は、お父上の方でしたので)

また、兄のケンちゃんの別荘が、原村にあるとのこと。その情報だけで、子供時代の様々な思い出がよみがえり、うれしくなりました。
(サマーキャンプでは、毎日、秋川渓谷の深みに沈められました)

相愛教会は、O牧師のお父上がひらかれた時、「カエルとコオロギに話すつもりか」と笑われるほど未開拓だった、かの地に建てられたのですが
私がいた子供時代には100人を超える熱心な会員がいたように記憶しています。
信ちゃんは(…すみません。何度も)、おそらく牧者となるべく、
早いうちから模索していたようで、高校生の時には、よその教会へ通っていましたが、兄のケンちゃんの方は、大学生で時間も自由になったことから
CSの指導者のリーダーとして活躍していました。
どちらかと言えば、兄のケンちゃんに引き連れられた悪ガキとして
あの教会にお世話になっていたのですが
今度、中渋谷教会を訪ねてみたいと思います。
原点回帰のきっかけをくださって、ありがとうございます。

そういえば。
aosta様は、クラシックや美術などの造詣が深いですね。
あの教会へは、バイオリニストの久●田巧さんのお母様もいらしていて
クリスマスの祝会で、ベルリン(だったと思います)から帰朝していた巧さんが一曲奏でてくださったことも。
その時代に、aosta様がいらっしゃれば、さぞかし楽しめたかと想像します。

「消えがてのうた」のPART2も、拝読いたします。出会いに感謝です。
なまぞう
2010/05/05 10:09
◇なまぞう様

再コメント、それも嬉しいサイコメントをありがとうございました。
ご両親様は何度か松本にもお見えになり、私もお目にかかかったことがございます。
穏やかで中の良いご夫婦でいらっしゃったと記憶しています。

私が初めて「信ちゃん」に初めてお目にかかった時のこと、お話しましょうか?
約束の時間、教会前に一人のライダーが姿を現しました。黒いライダースーツのようなものを来てミラーグラスをかけた強面のその男性は勢いよくオートバイを止めると、笑いながら話しかけてきました。
「 Oです。」「えっ?!牧師先生ですか?????」一瞬絶句・・・
意表を突く効果満点の登場でした(笑)。
奥様とは教会の文庫で読み聞かせにご一緒させていただいたり、二人で庭仕事をしたり、松本時代はお二人と、またあの教会の思い出なくしては語ることができません。時間を経て私が受洗の決心をお伝えした時、こころなし眼をうるませた先生がおっしゃった言葉は「そうですか決まりましたか・・・
よし! かつ丼食べに行きましょう!! お祝いにおごります。」
あのときのかつ丼は美味しかった(笑)

閑話休題。
お二人には本当にお世話になりました。
私はぼんやりとした性格で先生にはずいぶんご迷惑をおかけしました。
先生とのつながりが、東京で過ごしたあの時代から始まっていたことを考えると、「必然としての偶然」、「意味のある偶然」と言う言葉に想いを馳せずにはいられません。相愛教会には未だ伺ったことがございませんが、音楽の喜びに満たされた教会なのですね。いつか必ず訪ねてみようと思います。

>出会いに感謝です。

こちらこそ!
なまぞう様との出会いも「意味のある偶然」であることを心から喜んでおります。
aosta
2010/05/06 05:35
aosta様、ふたたび嬉しいお返事をいただき、朝から胸があたたかくなりました。母にも伝え、共に喜びました。

いいですねえ、「信ちゃん」との出会いも、受洗祝いのカツ丼も!(笑)
O牧師夫妻が、善き導き手となって、aosta様を神様の御前に跪かせてくださったことを感謝します。
それにしても…なぜ「カツ丼」なのでしょうか?
刑事もののドラマの定番みたいですね。カツ丼とセットで“告白”が来るのが一連の流れですが、カツ丼と“信仰告白”の設定は、生まれて初めて聞きました。(笑)感謝です。神様ほどの、名シナリオライターはいませんね。

初代O牧師夫婦にもお会いになったとのこと。素敵な方たちでしょう?
でも…お母様(M先生としましょう)には、上品な姿からは到底想像できない楽しい逸話がいっぱいありました。
相愛教会には小学校低学年用に相愛文庫という貸出&読み聞かせの催しがあり、私は妹と一緒に通っていたのですが、ある時、M先生が嬉しそうに「いいものみせてあげる」と。
そしてアタマの上でブンブン振り回してから、子供たちの輪の真ん中へ勢いよく放り投げました。蛇の抜け殻でした。
上水沿いとは言え、みな東京の子供ですから蛇への耐性などなく、阿鼻叫喚の様相に。
…先日、妹と「M先生と言えば蛇の抜け殻事件」だよねと笑いあいました。きっとこの件は、「信ちゃん」は知らないでしょうね。

非常にチャーミングなM先生に育てられたO牧師が
良き方と温かな牧師家庭を築かれ、aosta様や多くの方を導かれたと知り
感謝の祈りを捧げました。本当にうれしいです。

いつの日か、信ちゃんの礼拝に伺うとともに、奥様のまりこさんにもごあいさつし、aosta様との出会いの不思議を伝えたいと思います。

今日も主の護りの下にあり、aosta様が感謝をもって歩まれますよう。
なまぞう
2010/05/06 11:43
◇なまぞう様

またお話ができて嬉しいです(*^^)v
刑事ものの「カツ丼」なるほど、「告白」つながりかも(笑)・・・
ブログ(その1)にも書きましたが、私とキリスト教はカトリックが始まりでした。
幼稚園を出た後もずっと日曜学校に通っていて、一時期中断はしましたが高校生になって再び教会に足を運び、カテキズムも学び、受洗直前までは行ったのですが、最後の最後に踏み切ることができないまま進学しましたところ、そこがプロテスタントのミッションでした。
大学でのキリスト教学の時間、また(出席は任意でしたが)毎日のチャペルアワーを通じて、カトリックとは少し違う生身のキリスト教と出合えた気がします。
そしてスプリングボードになったのはやはり長男の病気でした。何年にも渡った入院生活の中で、数えきれないほど多くの幼い命を見送り、生きること、死ぬことを毎日突きつけられた日々、絶えず私にかかりかけてくれた存在。それが神様でした。また入院中も忘れることなく病室を訪れて下さった神父様や、牧師さんたちに力づけられ初めて神様と対峙することができたと言う意味で、大きな幸いであったと思っています。
そして極め付けが、お隣の教会(笑)。
それもブログには書きませんでしたが、もう一つ不思議な偶然があったのです。
aosta
2010/05/07 09:55
病棟でお隣りの個室で(個室入院は重篤な状態にある患者さんなのです)子供さんの付き添いをしていらした方との出会いです。
大きな心臓の手術をしたお孫さんに付き添っていらしたその方は、どんな場合でも笑顔を絶やさず、いつも私たちに明るい声をかけてくださいました。やがてお孫さんは解放に向かい、別病棟に移られ、その後退院したと聞いたまま、住所も聞かないままに終わった方でした。その後私が入院、そして松本へ引越し、新しい自宅となったマンションでしばらく付き添いを禁じられて療養しているとき、洗濯物を干していた私の目の前を通り過ぎたのが、その方でした。
「○○さん!」と大声で呼び止めてお話をしてみれば、なんと彼女はお隣の教会の教会員の方だったんです。こんないきさつで初めてO牧師とお会いするきっかけが与えられました。退院されてからずいぶん日もたっていましたが、まさかこんな形で再会できるとは思ってもみなかった偶然でした。
偶然と偶然が重なって一つの道に繋がっていくことの不思議を思う出来事です。
aosta
2010/05/07 10:09
◇なまぞう様

前回のお返事にもありましたが今回もキーインミス、変換ミスがいくつもあったことお詫びします。
aosta
2010/05/07 10:12
往復書簡のように、たびたびすみません。
息子さんの病気の件は、大変センシティブなので、あえて触れないようにしておりました。
しかし、息子さんとご一家が通された嘆きの道は
救いへと至る感謝の道でもあったのですね。
大変な苦しみを経て、多くの恵みを受け取ったaosta様一家のことを
共に感謝します。

私の場合、三鷹から越したことで相愛教会を離れ、その後、ぴったりと来るCSにめぐり合えなかったため、神様を覚えてはいても、長く教会から離れていました。
しかし、10年前、突然、受洗しないといけない、と
神様に急きたてられるようになり、その声で眠れない夜が続き
ついに、クリスマス礼拝で一度会っただけの牧師のもとへ駆け込み
「神様に対して信仰告白しちゃいましたので、受洗させてください」と
お願いしました。「押しかけ受洗」だと、牧師は呆れていました。(笑)
その後、なぜ受洗を急がされたのかを、追々理解できるように。
私自身の救いと共に、家族同然に思う知人の救いを祈るためだと。

人の目から見れば偶然や不条理の点在が、神様の描いた絵では、一本の線としてきちんと繋がっているのですね。
なまぞう
2010/05/08 11:00
◇なまぞうさん
お返事が遅くなりまして申し訳ございませんでした。

>往復書簡のように・・・

往復書簡と言う言葉がすでに懐かしく感じられるほど、手紙から離れてしまっていることに気が付きました。
こうしてネットの上だけでも、束の間、その喜びを思い出させていただきましたことを感謝しています。
こちらのブログは現在更新もなく、訪れる方も極まれですので、どうぞゆっくりなさって言って下さい(笑)。

「押しかけ受洗」のお話、失礼とは思いながらも、思わず笑ってしまいましたが、なにか急に急かされるような気持、いてもたってもいられないような気持、というのは私にも少し判るような気がします。まるですぐそばに感じられる神様の息遣いに応えなければ!という気持でしょうか。

>人の目から見れば偶然や不条理の点在が、神様の描いた絵では、一本の線としてきちんと繋がっている

「神は曲線を持って直線を描く」
この言葉の不思議と真実を思います。
aosta
2010/05/10 21:42
aosta様の甘えに乗っかる形で、ふたたびお邪魔いたします。

これはドタ勘なのですが、
もしかして、キュレーターさんだったのでしょうか?
キュレーター資格を持つ友人たちと
同じ文章構成なので、ふとそう思いました。
(無駄のない、美しい文体です。う〜ん、やられた)

今日も主にあって、喜びを感謝の歌としてささげられますように。


なまぞう
2010/05/13 00:11
◇なまぞうさん

 おはようございます。
もしかして、キュレーターさんだったのでしょうか?と言うお尋ねですが、残念なことに外れです(笑)。
ただそんなお仕事ができたら良かったと思っていたことは事実です(笑)

話は変わりますが、先週の日曜日、近くのベネディクト修道院で母の日のコンサートがあり、主人のリコーダー演奏をBGMに、島崎光正さんの詩を朗読させていただきました。お客様を前にしての詩の朗読は初めての経験で、録音を聞き返してみますと、反省する事ばかりですが、神様への想いを共有できた素晴らしい時間でした。

ブログより、やり取りがしやすいかもしれないとも思いますので、メールアドレスをお知らせいたします。(メールを頂きたい、と言う意味ではありませんから、今まで通りでも全く差し支えありません。)

papalina@po30.lcv.ne.jp
aosat
2010/05/13 09:02

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偶然が行きつくところ (その2)  消えがてのうた/BIGLOBEウェブリブログ
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