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zoom RSS 日本語で歌う「メサイア」 コンサート本番!

<<   作成日時 : 2007/12/16 23:19   >>

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しばらく前に練習を覗かせていただいたメサイアのコンサートに行って参りました。

開演一時間前に会場に到着。
開場30分前には、玄関前に順番待ちの行列が・・・
やれやれ。
何とか最前列を確保することができ、サックスによる「アメイジング・グレイス」が静かに演奏されるのを聴きながら、開演を待ちました。



画像




合唱は、東京からの参加者と、地元「シオン音楽院聖歌団」のメンバーを中心にした混成チーム。
ソリストも東京と諏訪、双方からの参加でした。
東京からの参加者は「三鷹木曜会」のメンバーの方たちです。
30年にわたって日本語でメサイアを歌ってきたというグループ。
さすがに高齢の方が目立ちますが、30年と言うキャリアはすごい!
若手を中心とした諏訪のメンバーは、パワーのある発声と豊かな感性での参加です。
中にはまだおぼつかない日本語で、この「メサイヤ」に初めて挑んだアメリカ人の青年もお二人。
豊かな経験と、若々しいチャレンジ精神の、幸福な融合とも言うべきこのコンサートを企画されたのは、諏訪でシオン音楽院を主宰されている浅間由美先生。
指揮は、指揮者として、またファゴット奏者として、オペラ公演や室内楽の演奏でも活躍していらっしゃる牧師の中村響樹先生です。
ソリスト4名もそうそうたる経歴の持ち主ばかり。


      ◆ソプラノ  : 渡辺しおりさん      ◆アルト : 大森佳子さん  
        ◆テノール : 古俣貴弘さん        ◆バス : 藤森秀則さん


いずれの方も、オペラや合唱で活躍中のプロの方たちです。

ヘンデルの、と言うだけでなく、数あるオラトリオの中でも最高傑作のひとつ、と言われるこの「メサイア」、日本語によるコンサートについては以前のブログでも書きましたが、今日の本番は予想を遥かに超えた、素晴らしいものでした。

ヘンデルが滂沱の涙と共に作曲したと伝えられる「ハレルヤ・コーラス」は、このオラトリオの中でも、もっとも多くの人たちに知られた曲かもしれません。
死に打ち勝ったキリストの勝利への歓喜と賛美の、沸きあがる大合唱です。
でも、ハレルヤばかりではありません。
「メサイア」は全部で53曲もの合唱、重唱、独唱からなる大曲です。
今回の演奏会で歌われたのは53曲中の38曲。
かつての名声も地に堕ち、貧困と病苦にさいなまれていたヘンデルは、この「メサイア」の台本を目にしたときから、取り憑かれたように作曲に打ち込みました。
全曲演奏で2時間にも及ぶこの曲を、彼はわずか3週間で書き上げたと言われています。

「汝れは慰めよ 民を慰めよと御神はのたもう・・・」

イザヤ書40章の一節から始まるこのオラトリオは、作曲者ヘンデル自身が絶望の底から天を仰ぎ、神を希求した、深い信仰から生まれた「音楽の奇跡」と言っても過言ではないかもしれません。
終曲で繰り返されるアーメンの大合唱は、ヘンデルの歓喜する魂の音楽です。
あるときは囁くように、またあるときはどよめくように歌われる音楽。
それはまさしく「メサイア」(救世主)キリストの生涯を、降誕から受難、その死と復活を、祈りと希望、喜びと歓喜の音楽によって追随する、壮大で栄光に満ちた物語です。
人間の声が持つ力強さ、豊かさ、美しさ・・・
合唱と言う形の、想いと言葉、そして音楽が完全にひとつになった祈りです。

オルガン、ヴァイオリン、チェロ、チェンバロの情感溢れる素晴らしい伴奏。
天上の声、天上の音楽を象徴する、ピッコロ・トランペットの演奏も加わって総勢38名の合唱団と4人のソリストたちの歌声は、カテドラルの中で大きく豊かに広がり、立ち昇って行きました。


そして言葉の力。
三鷹木曜会合唱団版の楽譜で歌われる日本語の歌詞は、練習の時にも増して、この本番において、いっそう真っ直ぐに、まるで放たれた矢のごとく私たち聴く者の心の中に飛び込んできました。
30年という年月、「生きている日本語によるメサイア」を目指し、気も遠くなるような試行錯誤を繰り返して、精錬され、成熟してきた言葉たちは、言葉本来の力を取り戻して私たちを突き動かします。
私の頬にはいつしか、はらはらと滴り落ちてくるものがありました・・・


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コメント(12件)

内 容 ニックネーム/日時
業務連絡です。今度はこちらが21日×になりました。また連絡させていただきますが、取り急ぎご連絡まで。メールが外部ブロガーからですと送信出来ないようですので。
書記@村民
URL
2007/12/17 16:33
 日本語の「メサイア」ですか。それも歌詞は30年という歳月をかけて撰び抜かれた言葉なのですね。私は学生の時に英語で歌ったことがありますが、当時はまだ洗礼を受けてはいませんでした。その後機会があるようでないのですが、今ならどんな気持ちで歌うかなと思いました。歌は原語で歌う方が私は好きですが、日本語なら音楽としてだけでなく、口から放たれた言葉が消えてしまわずにそのまま会場に漂い、集った者達の神様への思いとなるという感覚がわかるような気がしました。素敵なご経験をされたのですね。
alex
2007/12/17 19:25
日本語のメサイアはすばらしかったようですね。原語か訳語かでいろいろ議論はあるようですが、人の心を揺さぶるものがあれば音楽としては立派なものではないでしょうか。言葉の矢が飛んでくる感動はめったにあるものではありません。
森の生活
2007/12/18 07:40
◇書記@村民さん、

年末ですものね。
何かといろんな用事に振り回される季節です。
21日はだめでも、またいつかご一緒いたしましょう。
楽しみにしています。
aosta
2007/12/18 23:13
◇alexさん

>今ならどんな気持ちで歌うかなと思いました。

バッハにしてもヘンデルのしても、キリスト教そのものの音楽であるわけですが、同時にクリスチャンでない人が聴かれても、深い宗教的感情を揺り動かす音楽、大きな普遍性に満ちた宇宙的な音楽だと思います。
同時に信仰のある方が歌われたときは、より素晴らしい経験となるのでしょうね。今回この「メサイア」を歌われた私のお友達も洗礼は受けていらっしゃいませんが、確かな信仰をもたれています。
歌いながら涙していたその人が感じていたのは、突き動かされるような神様への思い以外の何物でもなかったと、私は思います。

私は一応教会の聖歌隊のメンバーではありますが、クリスマスで歌う「ハレルヤ・コーラス」の練習だけで苦労しています(笑)。
歌うことは大好きなのですが、アルトの音取り、難しいです。
すぐにお隣のソプラノさんの音につられてふらふらと・・・(笑い)。
aosta
2007/12/18 23:26
◇森の生活さん
 おはようございます。

>言葉の矢が飛んでくる感動

確かに私にも始めての経験といっても言いかと思います。
今まで音楽そのものによって魂が高揚する経験は何度もございました。
「音」という、形のない抽象的なものによってどうしてあんなにも心が揺さぶられるのかいつでも本当に不思議なのですが、こうして考えてみると、音楽と言葉では感じるところが少し違っていたような気もします。
音楽そのものに感動するのはほとんど全身です。
身体が「情」で”感じて”います。
言葉の場合は「知」で”聴く”、という感じかしら。
うまく言えませんが、全く同じ感動ではなかったと思います。
いずれにせよ仰られるとおり、私もめったにない、文字通り身体丸ごと音楽の感動に包まれた経験でした。
aosta
2007/12/19 05:48
先日はお電話ありがとうございました
音楽というものは本当に無限の可能性を秘めているものなのだと心から思います。
私は教会を信仰する者ではありませんが音楽を通して森羅万象すべてのものに敬謙な気持ちでありたいと願っています。
そして音楽を演奏する時、耳をすませば、それはすべてに共鳴し心通ずるも
のだと信じています。
涙・・・人は美しい真珠の粒を持っている
音楽は人の心に深く響き、そこで流す涙は喜び以外のなにものでもあるません。まさに全身で感じる喜びですね。
私は今回この演奏会に行くことができませんでしたが、ちょうどその時間、空を見上げたら晴れているのにポツンと雨が顔にあたりました。
かおる
URL
2007/12/19 09:09
aosutaさん おはようございます。
素晴らしい音楽会だったのでしょうね。羨ましいです。
 わたしの生まれた町には、元旦コンサートといって、日本を代表する
すばらしいオペラ歌手の方が男性・女性2人と、器楽演奏を企画して
いらっしゃる、素敵なコンサートがあります。
数年前、ソプラノ歌手の方が歌われた“からたちの花”を聞いて
あまりの言葉の美しさとシンプルな曲に、何故か涙を流していました。
最後はみんなで日本の唱歌を歌います。
音楽はやっぱり不思議ですね。
ちょろえ♪
2007/12/19 09:16
◇かおるさん

先日は突然のお電話、失礼をいたしました。
そしてコメントありがとうございます。
音楽を聴いて涙するとき・・・
それは理屈ではありませんね。
何かとてつもなく大きなもの、暖かいものに包まれる、若しくは魂をつかまれる感覚に身体全体が震撼したとき涙は溢れます。

>音楽を通して森羅万象すべてのものに敬謙な気持ちでありたい・・・

それを可能にするのが本当の音楽なのでしょうね。

aosta
2007/12/21 07:46
◇ちょろえ♪ちゃん
 おはようございます。

>あまりの言葉の美しさとシンプルな曲に、何故か涙を流していました

「からたちの花」、北原白秋ですね。
白秋の詩はきらびやかな言葉と、イメージで溢れています。
言葉の美しさ、韻を踏む言葉のリズムの心地よさは、声に出して読んで見るといっそう直接的に響いてきます。
そうした華麗な白秋の言葉に魅了されたいた私は、「からたちの花」はじめとする白秋の歌曲を聴いたとき、そのシンプルさに驚きました。
でも簡潔なその歌詞には一点の曇りもありません。
飾るための言葉ではない、言葉本来の言葉そのもの。晴れやかに澄み通った言葉は、完全にメロディーとひとつですね。
私もこの歌を聴いて何度か涙したことがあります。
歌と言葉の原点の美しさだと思います。
aosta
2007/12/21 08:00
古い友達に、宗教音楽のみ聴いてている人が居ました。家の娘が生まれる前の晩まさか生まれるとは思いもしなかったので(予定では1ヶ月は先)その人の家へ泊りがけで、レコードを聴きに行ったのです。2月20日で、まだ春には間があり寒い夜でした。彼が聞かせてくれたのが、ヴィクトリアのレクイエムとヘンデルのメサイアでした。これは長いのでハレルヤに入る前と後の部分でした。験が良かったのか、あくる日生まれたのは、女の子が2人だったのです。未熟児でしたので、ばらく保育器でしたが、元気に育ちました。「ハレルヤ」を聞くと、ついその晩のことを自然に思い出してしまいます。
SONNET
2007/12/21 18:11
◇SONNETさん

こんばんは。
ヴクトリアのレクイエムとはまた渋いです。
ハレルヤは確かに長いですね。全曲通して聴くとなるとかなりの集中力を必要とします。でもそのハレルヤをお聞きになられた翌日、お子様がお生まれになるなんてまさに”ハレルヤ”な出来事だったんですね。それも双子のお嬢様。ハレルヤの思い出と結びついているお子様のお誕生日・・・
SONNETさん、素敵な贈り物をいただかれたのですね。
aosta
2007/12/22 21:35

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