消えがてのうた

アクセスカウンタ

zoom RSS 「ヴィオラ・ダ・ガンバとオブリガート・チェンバロのためのソナタ」BWV1027-1029  (T)

<<   作成日時 : 2008/04/14 14:47   >>

面白い ブログ気持玉 3 / トラックバック 1 / コメント 6


最近お気に入りの一枚です。
ヴィオラ・ダ・ガンバは気鋭のパオロ・パンドルフォ、チェンバロ演奏はリナルド・アレッサンドリーニという素敵な組み合わせ。

ヴィオラ・ダ・ガンバの音色はチェロに比べて女性的で繊細とは良く言われることですが、
このパオロ・パンドルフォによる演奏を聴いていると、まるで光の残滓で紡がれた優美な繭のような光沢を感じます。
BWV1027から1029までの3曲のうち、私が一番好きなのは最初ののBWV1027。
もしかしたら最も有名な曲かもしれませんね。
特有のくすんだ響きが、気高く深く歌うガンバと、煌めくさみだれのようなチェンバロの響き。
ふたつの楽器の音色が、綾なす精緻なタピストリーのように広がってゆく香気に満ちた音楽です。


画像




私の場合、いつどのような状況で聴いたのかはっきりと記憶している音楽と、いつ、どのようには全く憶えていないけれど、いつも懐かしく心の中で旋律が繰り返されている音楽とがあります。
このヴィオラ・ダ・ガンバ・ソナタは後者。
聴いているだけで、身体も心も懐かしさと暖かさ、喜びに満たされていきます。
ふと口をついて流れてくるメロディの断片は、きっと記憶以前の大切な思い出のかけら。
ゆるゆると流れる花曇りの午後、バッハの音楽はまるで意志あるもののごとくたゆたっています。

常に偉大な先達であり、同時に常に革新的で斬新でもあるバッハが、この曲で試みた手法は、独奏楽器と、オブリガード・チェンバロの2台だけで完全な3声部の室内楽を実現するという全く新しい発想の試みでした。
それまでのトリオ・ソナタにおいては通常二人ないしはそれ以上の通奏低音の上で、2つの旋律楽器(多くの場合ふたつのヴァイオリン)がそれぞれ異なる声部を弾き交わすのですが・・・
このバッハのソナタにあっては、なんと、独奏楽器が一人、とオブリガート・チェンバロが一人。
つまり2人だけで独立した3声部を演奏するという全く新しい試みです。
いったいどのようにして演奏されるのかと言うと、独奏楽器に相対する旋律はチェンバロ奏者の右手、通奏低音の役割は一手に左手がその役割を担うというわけなのです。
言うなれば、たった2人で完全なる3声部の室内楽を実現するという「離れ業」。
どちらが主役でどちらが伴奏というのではなく、二つの楽器が最大限対等に、一つの音楽を完成に導いています。
ほとんど自己完結に近い調和。
パンドルフォのガンバとアレッサンドリーニのチェンバロは、この妙なる調和の中にあって、私を非日常の時間、美しい繭の中のまどろみへと誘うかのようにいつまでも鳴り止みません。


テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 3
面白い 面白い
なるほど(納得、参考になった、ヘー)

トラックバック(1件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
J.S.バッハ 「ヴィオラ・ダ・ガンバ・ソナタ」 その2
グレン・グールドのピアノ、レナード・ローズのチェロ。 なんだか意外な顔あわせ、と思ったのは私だけ? ...続きを見る
消えがてのうた
2008/04/15 09:45

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
 ヴィオラ・ダ・ガンバの音色…。楽器名は聞いたことがあるけれど、演奏自体は聞いたことがないと改めて思いました。弦の自己主張のある響きながら独特な原始的優しさを含んだ音なのだろうかと想像したり…聞いてみたいと思います。チェンバロと二人で三声部を演奏で、”自己完結に近い調和”という言葉は私には妙薬のように聞こえます。
alex
2008/04/15 19:54
クラッシックはよく分からないのですが、aostaさんの文章を読んでいると
とても聞きたくなります。
表現がとてもいいからでしょうね。
ソ・ム・リ・エ のようですね!
pale moon
2008/04/17 00:54
◇alexさん

こんばんは♪
コメントありがとうございます。

>独特な原始的優しさを含んだ音なのだろうかと

そうなんです!その感じ確かにあります。
言葉で表現するのは難しいですね。多分楽器としての完成度の高さは断然モダン・チェロの方が優れているのでしょうが、古えのヴィオラ・ダ・ガンバにはチェロがその洗練と引き換えに失った原初の混沌のような響きがあります。
そして私がこの楽器に魅かれる理由もまさにそこにあります。
芳醇なワインの底に沈殿している澱のようなもの。簡単には手なづけられない手ごわさは、一見(一聴?)理想の美しさとは異なるかもしれません。
けれどもわたしには、そのゆらぎや不確かさまでもがとても人間的に感じられるのです。
alexさんも機会がありましたらぜひお聴きになってください。
通奏低音としてのガンバも素晴らしいです。
またもや自分の記事で申し訳ありませんが添付したURLご覧戴ければ幸いです
aosta
URL
2008/04/17 21:44
◇pale moonさん、こんばんは♪

>ソ・ム・リ・エ のようですね!

嬉しいお言葉ありがとうございます。
ソムリエ、憧れです。ワインのみならず食やその調理法、文化にまで通じているソムリエはちょっと無理でもワイン・アドヴァイザーくらいならなれるかもしれないと、本気で思ったこともありました(笑)。

ソムリエにはなれずとも、こうして自分の好きな曲やCDについて語ることで、興味を持ってくださる方がいるということがとても嬉しいです。
pale moon さんもお聴きになれば「ああ、この曲なら知ってる!」と仰るのではないかしら。
aosta
2008/04/17 21:54
さきにグールドの方へコメントしましたがこちらの方は残念ながら未聴です。バッハも現在ではバロックチェロなどを使用する古楽器演奏が当たり前になって来ていますね。「アンナ・マグダレーナ・バッハ年代記」というドイツ映画でバッハ役をレオンハルト、ケーテン候をアーノンクールが演じてこの曲を古楽器で弾いているのがありますが、映画の脚本が出来た1959年ごろから古楽器による模索が始まってようやく今日の盛況をみるわけですが、時代の先駆者は多くの試行錯誤を経て新しい演奏を私たちに提供してくれるのですから感謝しなければいけませんね。ローマは一日にしてならずです。今度ぜひここでaostaさんのあげられたCDを一度ならず聴いてみたいと思います。
sonnet
2008/04/18 08:40
◇sonnetさん

「アンナ・マグダレーナ・バッハ年代記」見たいと重いながら未だに見ることが出来ずにいます。レオンハルト演ずるところのバッハ、アーノンクールのケーテン候、大いに興味があるのですが一般受けは期待できないからでしょうか、近くのビデオ屋さんにはおいてありません(悲)。
あたりまえですが、二人とも自前で楽器を弾くというところがすごいですね。
いわゆる「役者さん」には望めない芸当です。

映画といえば、ルイ14世の時代のヴィオラ・ダ・ガンバ奏者にして作曲家であったマラン・マレの映画で、「めぐり逢う朝」がありました。
マレを演じているのはジェラール・ドパルデュー、彼の師でありガンバの名匠サント・コロンブにジャン・ピエール・マリエルという配役ですが、実際の演奏、音楽はサヴァールが担当しています。
すごくいい映画でしたのにDVD化されているのかいないのか、これもビデオ屋さんで見かけたことはありません。
aosta
2008/04/18 10:09

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
「ヴィオラ・ダ・ガンバとオブリガート・チェンバロのためのソナタ」BWV1027-1029  (T) 消えがてのうた/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる