消えがてのうた

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zoom RSS 祈り / 「ポルト・リガトの聖母」 サルバトール・ダリ

<<   作成日時 : 2008/04/20 00:04   >>

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しばらく前から気になっていた一枚の絵、「ポルト・リガトの聖母」。
ピカソと並んでスペインが生んだシュール・レアリスムの奇才、ダリの絵だ。

朝の光とも、黄昏に暮れ残った残照とも判別できない不思議な真珠色の明るさの中で、
膝に幼子を抱き、両の手を祈りの形に合わせている女性。
「ポルト・リガトの聖母」
全てが整然と空中に浮遊してるかのように描かれた沈黙の世界。
マリアと幼いキリストの胸には、ぽっかりうつろに四角い穴が開いている。
幼子の胸の空間にはパンが描かれている。

ダリは、伝統的な構図に従いながらも原子核の構造を模して、彼の「聖母子」を描いた。
絵は見るものの視線を中心へ中心へと、すなわちキリストのからだを象徴する聖なる「命のパン」へと導いていく。
通常、消失点が予想される場所に、命の象徴がある。
幼子イエスがひろげた両腕の延長に水平線が広がっている。
マリアの頭上から下がる卵を起点として、マリアの膝近くに浮遊するかのような麦の穂へ、そしてそのさらに下方の薔薇の花へと導かれる視線は、一本の垂直線となってキリストの身体の中心を貫いている。
キリストを中心にして交わる水平と垂直の直線は十字架のようにも見えてくる。
この絵は聖母子像であると同時に、磔刑のキリスト像でもあるのだ。




画像



物質はすべて原子から成り立っている。
原子核はその原子の中心にあり、その周囲を複数の電子が定められた軌道の上を周っている。
プラスの電荷電気を持つ原子核とマイナスの電荷を持つとは、互いに引き合い離れることはない。
さらに原子の中心にある原子核は、プラスの電気を帯びた陽子と、電気的に中性な中性子が、特別な"引力(核力)"によって結び付けられている。


この入れ子的な構図の中心にダリはキリストを描いた。
キリストを抱くマリアを巡って浮遊するかに見える背景は、軌道を周る電子としてシンメトリカルに描かれている。
カトリックに深く傾倒していたダリはこの絵で、神へと向かう求心力、「信仰の核心」を描こうとしたのかもしれない。

この絵のモデルはダリの最愛の妻、ガラ。
ダリが初めて出会ったとき、彼女は、フランスの詩人ポール・エリュアールの夫人であった。
二人は恋に堕ち、ガラはエリュアールと別れてダリと結婚する。
恋多き女性でありシュルレアリストたちの女神であった彼女は、ダリにとっても創作のインスピレーションを与えるミューズであった。
1930年、ダリにとって創作の全宇宙となったポルト・リガトという小さな漁村に二人は移り住む。



ポルト・リガトは地上でもっとも乾燥した鉱物的、かつ、遊星的な場所である。
そこの朝にみなぎっているのは、野蛮にして苦々しく、情容赦なく分析的、かつ、構造的な陽気さである




ダリ自身がこう表現した場所で、ガラは彼の妻であり母であり、またマネージャーとして、献身的に彼を支えた。
ダリが絵を描いている傍らで、彼女はダリのために、日がな一日、さまざまな本を読み聞かせた。
ある時は詩集を、またある時は原子物理学の本を・・・



「ガラは私を現実から守ってくれる、殻なのだ」。


ポルト・リガトのアトリエは「卵の家」と呼ばれていた。
この名前の由来は、卵のフォルムを好んだダリ自身の手による卵の形をしたオブジェが庭に飾られていたから、というだけではあるまい。
派手なパフォーマンスや意表を突く作品で知られるダリ、その実、繊細で内気、生真面目な性格であったという。
ガラを自身の完全な庇護者とみなし全的な信頼を寄せていたダリにとって、二人で暮らすアトリエは、まさしく外界から自分を守ってくれる卵の形をした胎に等しい場所だったに違いない。
 
ダリの聖母でもあったガラ。
聖母の頭上から垂直に下がっている卵はダリの平安の象徴であり、ひいては世界の平安の象徴、世界の守りとしての意味を持っているのではないだろうか。



       祈り    

       あなたの顔で

       好きなところは

       ひたい

       ひだりの まぶた

       そして みぎの まぶた

       最後に 口許

       そっと

       十字架のかたちにくちづける


       かみさまが あなたをお守りくださるように。

       わたしたちを 見ていてくださいますように



             2008/4/18 by aosta





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タイトル (本文) ブログ名/日時
「モンテフェルトロ祭壇画」の卵をめぐるあれこれ
私が絵を観る楽しみは、一枚の作品から様々な空想の翼を広げることにある。 イメージがイメージを呼び、絵の中の世界は自由な翼を得てどこまでも広がってゆく。 ...続きを見る
消えがてのうた part 2
2010/01/20 08:36

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コメント(29件)

内 容 ニックネーム/日時
1週間程前私はふとダリのことをもう少し知りたいと思いました。個性の強い写真と独特な画風しか知らなかったので、宗教画を描いたことを知ったのはその時です。今日aostaさんからこの絵のお話をお聞きできて、思いが通じたみたいで感激です。
 最初に見たときに、心で思わず体をよじりました、聖母と幼子イエスの周りのもの全てが、こちらに向かって瞬間移動で飛んで来るように思ったからです。微塵の揺れもない定められた軌跡と圧倒的な速さで迫ってきました。aostaさんの原子核のお話から、そういうことだったのかと納得できました。そして、 祈り をありがとうございます。
alex
2008/04/20 10:49
>十字架のかたちにくちづける
>かみさまが あなたをお守りくださるように。
>わたしたちを 見ていてくださいますように

とてもいいスタイルの接吻ですね
この詩を読んで心が安らぎました
そして神様が見ていて下さることに
改めて感謝できました
とっても恥ずかしいこともすべて見ていて下さる
神様の御前にだけは「あけすけ」でいたいunaです

ダリにはunaも少し縁があります
私の住む県の某町にはダリの彫刻があります
これを誘致したのは 実はあの人ですよ(笑)
だからダリとaostaさんも縁があるの!うふふっ

十字架を背負っていない
イエスそのものが十字架を象った彫刻が
ワタシは一番好きです
主の払った犠牲ですべての人の罪が贖われ
まだ余るくらいで 様々な恵みが注がれています
受け止めましょう いつも空っぽの手で!!
満たしてもらうためにいつも空っぽの手を
神様に差し出して生きていきませう♪





             
una
2008/04/21 01:55
少女時代にこの作品の複製画をダリ展で見たことを、今でもはっきり覚えています。この絵の意味するところはなんだかよく分からなかったけれど、でもここに描かれているガラはダリにとっては間違いなく聖母なのだと思いました。
ポルトリガドを訪ねてみたい、そういう気持ちはいつも持っていました。でもこの絵のことを改めて大人の目で見直すことは忘れていました。aostaさん有難うございます。
ダリの画集を本棚の奥から引っ張り出してくることにします。今度は信仰者の目でこの作品や、最後の晩餐、十字架の聖ヨハネのキリスト等の宗教的作品と対峙してみたいと思います。
Fu Shusei
2008/04/22 17:54
ダリはこの聖母図を原子爆弾の影響を受けて描いたと言われていますが、レクイエム的な意思が有ったのか無かったのか承知していないので、ここで迂闊なことは言えませんが、マリアの顔を愛妻ガラとしたのには、自分を守ってくれるのは神よりも、身近にいる妻であると同時に母でもあるガラに他ならないと確信したからでしょうか?
それはともかくとして、現在この絵が福岡市美術館に収蔵されていることは、この絵画に鎮魂の意思が秘匿されているかどうかの有無にかかわらず、原爆被災国として末永く、在るべき場処を得たような気もしてきます。ローマ法王に見せたというファーストバージョンは法王のお気に召さなかったとか、どこかで読んだことがありますが、ポルト・リガトの乾いた風土からでこそ生まれたユニークな傑作だと言えましょう。秋葉原の電気商によってこの絵が日本にもたらされた経緯もさることながら、絵画一つにも数奇な運命が備わっているものだなとつくづく思います。
sonnet
2008/04/30 21:14
◇alexさん

早々にコメント頂きましたのにお返事がかけず申し訳ございませんでした。
私にとってダリの絵は何処か不安で幻惑的なイメージがありました。
けれどもこのポルトリガトの聖母には不思議な静謐と安寧が感じられて気になる絵でした。中心へ中心へと目に見えない求心力を感じる作品でもありました。ガラの存在はダリにとってインスピレーションそのものだったのでしょう。個性の強い二人の間にさまざまな確執も逢ったようですが、それを乗り越えたところでダリはガラを描き続けました。
この「ポルトリガトの聖母」のモデルはダリの乳母であるという説もあるようですが、私はあえてガラであることを信じたいと思います。
ガラをモデルとした一連の作品は、彼女への愛情表現であると同時に、ダリの信仰告白でもあるように感じています。
aosta
2008/05/05 11:33
◇unaさん
 お元気ですか?金毘羅さんの階段は無事登れましたか?

>これを誘致したのは 実はあの人ですよ(笑)

何処かで、何かで、私も知ったばかりです。
見に行きたいです!
この「ポルトリガトの聖母」も福岡県にあるので、そこまで足を伸ばせたらいいなあ〜〜!実際に作品と対峙したなら、その祈りの深さに震撼するように思います。祈りのうちにただただ涙を流していられたら・・・
そしてunaさんやusagiさんといっぱいいっぱいお話が出来たらな、と思っています!!

aosta
2008/05/05 11:45
◇Fu Shuseiさん

派手なパフォーマンスで知られるダリですが、それもガラの演出であったと言う話もあるようですね。
卵の家、母親としてのガラ・・・
ダリには胎内回帰の願望があったのでしょうか。
グレコ、ゴヤ、ピカソそしてダリ。スペインという信仰の風土には、何か人を震撼させる怖れのようなものを感じます。
aosta
2008/05/06 17:43
◇sonnetさん

>原爆被災国として末永く、在るべき場処を得たような気もしてきます

ダリがこの作品を書き上げた想いには核への大いなる疑問と批判があったことを私は疑いません。ピカソが「ゲルニカ」によって戦争の悲惨を激しく糾弾したと同じようにダリの心中にも核に対する怒りや平和への想いが熱くたぎっていたのではないかと思います。
しかしながら完成した作品は「ゲルニカ」の激しさとは対極的な静謐、祈り。
ローマ法王がお気に召さなかったというファーストバージョンがどのような作品であったのか興味をそそられますが、一作めにしてもこの絵にしてもダリの思いは同じだったに違いありません。
戦争で失われたいのちへのレクイエムとして、またガラへのオマージュとして、捧げられたダリの祈りであったと私は思います。
魂の深い悲しみと痛みを祈りによってカタルシスへと導く祈りの絵だと感じています。戦争の悲劇だけでなく生命そのものの哀しみをこの作品の聖母子が純化し救い上げているようにも思います。
aosta
2008/05/08 08:22
こんにちわ。
僕の福岡県の福岡市立美術館に、この絵が所蔵されているので、たまに見に行きます。
圧倒的な神聖さに心、打たれます。
しかし、aostaさんのように、
「この絵は聖母子像であると同時に、磔刑のキリスト像でもあるのだ」
と想像したことは一度もありませんでした。
絵の色々なものが、中心へ中心へと向かう力が、神へと向かう求心力にダリは喩えていたのかもしれないですね。
ガラが、ダリのために色々な本を読んでいたのも始めて知りました。

『祈り』
も最後の3行で、「十字架のかたちにくちづける」が、『ポルト・リガトの聖母』の絵の日記に上手く絡んでいるので、ここで一番、山の上の頂点になっていると思います。
では。
坂本誠
2008/12/07 06:47
◇坂本さん

おはようございます。
コメントありがとうございました♪
福岡県立美術館は坂本さんのお住まいのお近くなんですね。
本物をご覧になれるなんて、うらやましいです。
すべてが静止しているかのような静寂と祈りの満ちたこの作品と静かに向かい合いたい。福岡は遠いですが、いつかきっと見に行きたいと思っています。
このダリの作品に限らず、一つの絵をじっと見ていると、それまで見えなかったものが見えてくることがありますね。
同じ絵でも時間や経験を経てから見直すと、また違うメッセージが伝わってきます。
『祈り』は、詩というよりむしろ私の祈り、私の願いそのものです。
救いの象徴であり苦しみの象徴でもある十字架です。
aosta
2008/12/08 08:29
はじめまして♪

この 「ポルト・リガトの聖母」は子供の頃から知っていました。その後、大人になってミラノに行った際に、ブレラ美術館で、大好きな画家、ピエロ・デッラ・フランチェスカの 「モンテフェルトロ祭壇画」を初めて見た時に、この絵を強く想起しました。

聖母子像であることとと、吊り下げられた卵、という構図から自然に湧き上がって来た印象です。

何か、この二つの絵には、関係性があるのでしょうか?
ペイ爺
2010/01/05 15:55
◇ペイ爺さま

おいでくださいましてありがとうございます。
ピエロ葉私も大好きな画家ですので、二つの作品についてお書き下さったコメントをとてもうれしく拝見いたしました。

>「モンテフェルトロ祭壇画」を初めて見た時に、この絵を強く想起しました

御指摘の通り確かにこちらの祭壇画にも、高い丸天上から垂直に下がる卵が絵が描かれていますね。ピエロの作品に描かれた幼いキリストの表情は悲しげで、私は「聖母子」というよりむしろ「ピエタ」のような印象を受けます。
ピエロがこの作品にのちのキリストの受難を重ねたとすれば、死と復活を象徴する卵の意味は明らかですが、果たしてそのように単純に考えていいのかどうかは浅学のためさだかではありません。私はこのような形で「卵」を描いた作品はピエロとダリしかしりませんが、ダリがピエロのこの絵を意識していたことは確かなことのように思えます。ブログ本文にも書きましたように「卵」にはダリは特別なイメージを持っていたようです。「ポルト・リガトの聖母」に描かれた卵は二重の意味を持っているのかもしれませんね。
aosta
URL
2010/01/06 08:41
◇ペイ爺さん、続きです

>何か、この二つの絵には、関係性があるのでしょうか?

今回いただいたこのコメントで私にとっても見過ごせない興味の対象となりました。近く資料を当たって(と言っても乏しい手持ちのものしか在りませんが・笑)調べてみようと思います。
何か新しい発見がありましたらまたブログにアップいたしましょう♪
ただ、私は美術に関して専門的な勉強をしたわけでもなく、ただ好きと言うだけの主観的な見方である事を了解くださいませ。
ピエロの「出産の聖母」についての過去記事のURLを添付いたしましたので
お時間がありましたらご覧ください。
なお「消えがてのうた」はpart2として継続しております。
HNをクリックしていただければ嬉しく思います。

2011年がペイ爺さんにとって、良き年となりますように。
そしてまたおいで下さることを楽しみにしております。
ありがとうございました。
aosta
2010/01/06 08:45
aostaさん

レス、有難うございます。

〉今回いただいたこのコメントで私にとっても見過ごせない興味の対象となり
〉ました。近く資料を当たって(と言っても乏しい手持ちのものしか在りませ
〉んが・笑)調べてみようと思います。
どうも有難うございます。
〉ピエロの「出産の聖母」についての過去記事のURLを添付いたしましたの
〉でお時間がありましたらご覧ください。
拝見致しました。

Georges de La Tourもお好きなのですね。自分も大好きな画家です。

お好きかどうかわかりませんが、同じく光と影を効果的に使う画家でありながら、作風は非常に対照的な、伊のCaravaggioも大好きな画家です。

最近、宮下規久朗という方の「カラヴァッジョ 聖性とヴィジョン」という本を読みました。非常に優れたCaravaggioの評伝だと思いました。

Georges de La Tourでも、このような優れた本があれば良いのに、と切に思います。現在手元にあるのは、行かれたと思いますが、国立西洋美術館のカタログだけです。

今週の「美の巨人たち」はCaravaggioですよね。
ペイ爺
2010/01/14 11:32
◇ペイ爺さん

おはようございます。

頂いていておりました卵をめぐる「課題」、そろそろ形にしようと思っているところに再びコメントをいただきました。たまたまの偶然なのでしょうが嬉しいです。早ければ今週中にアップ出来ると思いますので、ご覧いただき、御意見を伺えましたら幸いです。

カラヴァッジョ、好き、とは微妙に違いますが、とても気になる画家のひとりです。野卑と聖性が同居する不思議な画家だと思います。「トカゲに指をかまれた少年」と言うような題でしたか、髪に花を挿した少年の絵がありますが、あの少年のほほ笑みはどうしても好きになれません。同時にあの絵の中に書き込まれたガラス瓶に映ったもうひとつの世界の美しさ。
光と影を描いても、ラ・トゥールとはまた違う妖しさを感じるところです。
宮下規久朗さんの評伝は存じませんでした。早速アマゾンで検索してみました。お気に理リストに入っている他の本と一緒に注文しようと思います!

ラ・トゥールに関する本は御存じかも知れませんが、田中英道さんの「冬の闇 ― 夜の画家ラ・トゥールとの対話 」の1冊しか持っておりません。
もうずいぶん古い本ですが、これ以降、ラ・トーゥールの評伝で、これ、と言うものになかなか出合えずにいます。
田中英道さんも最近はちょっと違う方向に行ってしまわれたようで残念です。

>今週の「美の巨人たち」はCaravaggioですよね。

楽しみですね♪
aosta
2010/01/15 06:14
〉たまたまの偶然なのでしょうが嬉しいです。早ければ今週中にアップ出来る
>と思いますので、ご覧いただき、御意見を伺えましたら幸いです。
非常に楽しみです。有難う御座います。

〉「トカゲに指をかまれた少年」と言うような題でしたか、髪に花を挿した少
>年の絵がありますが、あの少年のほほ笑みはどうしても好きになれません。同
>時にあの絵の中に書き込まれたガラス瓶に映ったもうひとつの世界の美し
>さ。

なるほど。非常に面白い視座ですね。
自分も「病めるバッカス」のあの少年は、どうしても好きになれません。現実に具体的なモデルが存在するのでしょうが、非常に卑俗な感じで、Audience に徒に媚びているような印象を与えます。他にも嫌悪感すら、覚える絵があることは事実です。

先のメールでご紹介させて頂いた宮下規久朗の本にも、Caravaggioの自筆なのか、他者のコピーなのか、それとも後年他者によって手を加えられたものなのか(非常に紛らわしくも、Caravaggio自身のコピーもあるようなのですが)判然としない諸作品に関しても、その作品の真偽や、制作年などに関して触れられています。(To Be Continued)
ペイ爺
2010/01/15 16:41
そのような事情から、例えばDaliのような作品が逐次市場で消費される現代の作家たちとは異なり、単純な作品評価が出来にくい面もあるかとは存知ます(ただ、市場の手垢に塗れていない、というのは何ものにも代え難い魅力ですよね)。

〉ラ・トゥールに関する本は御存じかも知れませんが、田中英道さんの「冬の闇 ― 夜の画」
〉家ラ・トゥールとの対話 」の1冊しか持っておりません。
〉もうずいぶん古い本ですが、これ以降、ラ・トーゥールの評伝で、これ、と言うものになか
〉なか出合えずにいます。

存知ませんでした。ご教示頂き、有難う御座います。Amazonでは、現在扱われておりませんけれど、機会があれば読んでみたいと思います。

〉光と影を描いても、ラ・トゥールとはまた違う妖しさを感じるところです。

仰るとおりです。
Georges de La Tourの「光と影」はCaravaggioの「光と影」のような劇的な「動」的要素の印象よりも、むしろ静謐、安寧の「静」的要素の印象をより強く与えるものです。

ただ、両者に共通する要素があるとすれば、安っぽい通俗的な情感とは無縁な、仰るところの「聖性」ということだと思われます。自分にとって両者は、根が同じでありながら、その咲き方が対照的な、類まれなる二つの希少な花のような存在なのです。
ペイ爺
2010/01/15 16:43
◇ペイ爺さん

こんばんは。
10時から「美の巨人たち」が始まりますので、その前に(笑)。
カラヴァッジョの作品でなぜあの「トカゲにかまれた少年」のイメージが真っ先に浮かんだのか自分でもよくわからないのですが、先ほど画集で確認いたしましたところ、少年は微笑んでいるどころか、一瞬の痛みと驚きに顔をゆがめていたのですね。記憶とは曖昧なものである事を再確認したところです。
光と影について言うならば、レンブラントも効果的に光と影を描いた画家と言えるでしょうが、劇的な効果、という点に帰結し、ラ・トゥールやカラヴァッジョの「光と影」に見る深い聖性はあまり感じられないように思います。その意味でもラ・−トゥールとカラヴァッジョはペイ爺さんが御仰られるように双生の木に咲いた花なのかもしれません。

いままで頂きましたペイ爺さんのコメントをもう一度拝見しまして、絵画への深い造詣をお持ちの方と改めて思い至りました。田中さんの「冬の闇」についてですが、ペイ爺さんには平易に過ぎるかもしれません。むしろ同じ著者の「ラ・トゥール 夜の画家の作品世界」の方がより専門的でと思われますが、こちらも現在は入手が難しいようです。私もしばらく前から探しているのですが未だに出合えずにおります。

さて「卵」ですが、以前読みました澁澤龍彦の本の中で確かピエロのこの作品に言及している文章があったことを思い出しました。
一体どの作品だったか探してみる時間を頂けますか?
今回の「卵」を巡る一連のペイ爺さんとのやりとりを楽しませていただいていると同時に、自分の浅学さに思い至ることも多く、果たしてどんなものになるのかちょっぴり不安でもあるaostaです。
aosta
2010/01/16 21:43
〉さて「卵」ですが、以前読みました澁澤龍彦の本の中で確かピエロのこの作
〉品に言及している文章があったことを思い出しました。
そうでしたか。自分も澁澤龍彦は大好きな文学者です。
河出書房新社の澁澤龍彦全集は、愛読書なのですが、こちらでも探してみますね。

「美の巨人たち」ご覧になりましたでしょう?偶然にも「トカゲにかまれた少年」や「病めるバッカス」〜こちらは題名に「(自画像)」と付帯的に記載されていましたが〜、出て参りましたね。このような「偶然」も面白いと思います。
ペイ爺
2010/01/18 14:14
◇ペイ爺さん

見つけましたよ!!
初めて読んだ「胡桃の中の世界」の「宇宙卵について」という一説でした。

>河出書房新社の澁澤龍彦全集は、愛読書なのですが

全集をお持ちなのですね。なんと羨ましい!
緑色のハードケースに入った多分最初の版を何冊か私も持っていますが、あの全集をそろえることは私の大きなあこがれでした。今となってはお値段が高くなりすぎて、手に入れることは叶いそうもありません。

>出て参りましたね。

澁澤龍彦の件にしても、この「トカゲにかまれた少年」にしても、不思議なシンクロニティを感じています。
「カラヴァッジョ」も読みたくてうずうずしています。
まずは卵の謎についての記事をまとめることが最優先なので、もうしばらく我慢しなくてはなりません(笑)。
お待たせしておりますが、こちらの方もなるべく早いうちにアップしたいと思っております。(ペイ爺さんの意にかなうものかどうかは大いに不安でありますが)
aosta
2010/01/20 07:41
◇ペイ爺さん

まだまだ不十分なものとは思いましたが、思い切って公開いたしました。
冷や汗ものの記事ではあります。ご意見ご感想を伺えましたなら嬉しく思います。
aosta
2010/01/20 08:41
〉冷や汗ものの記事ではあります。ご意見ご感想を伺えましたなら嬉しく思い
〉ます。
力作ですね。
有難うございました。

簡単な私見をそちらへ述べさせて頂きました。
ペイ爺
2010/01/20 17:19
◇ペイ爺さん

Part2へのコメントありがとうございました。
ヴィリューム的には「力作」かもしれませんが、内容的には表面的で浅いものになってしまったと忸怩たる思いですが、ペイ爺さんとのやり取りがあったればこそ、新しい発見もありました。
ありがとうございます。
これに懲りず、また再び「きえがてのうたpart2」までお越しくださいますよう、切にお願いいたします。
aosta
2010/01/20 22:05
〉これに懲りず、また再び「きえがてのうたpart2」までお越しくださいますよ
〉う、切にお願いいたします。
お招き頂き、有難う御座います。
ペイ爺
2010/01/21 11:17
◇ペイ爺さん

お返事が遅くなりましてすみませんでした。
またおいで下さいますことを楽しみにしております。
aosta
2010/01/24 05:01
はは! いいね!!
oh!
2010/02/02 22:31
◇ oh!さん

コメントを残して下さいましてありがとうございました。
いろいろ御託を並べたところで、結局好きか嫌いか、いいか悪いかの二つしかないんですものね。
すっきりさわやかなひと言が嬉しいです。
aosta
2010/02/03 04:46
私は、最近行った中学校の美術館見学で、行った福岡市美術館でこの絵を拝見しました。展示室の前に来た瞬間、大きな大きなこの絵は、一瞬で目に飛び込んできました。美術の教科書で、見た時とは全く違う印象でした。まだキリストがどうとか、わからないけど、美術館の方の説明では、説明されなかった部分。雲の隙間から指す陽はなにを表しているのか、上の隅のカーテンは何なのか、などなど知りたいことがたくさんあります。また今度、個人的に、美術館へ行って、ム一度ゆっくり拝見して、自分なりに、ポルトリガトの聖母の謎を解明して来ます。短いコメントになってしまいすいません。また、コメントしに来ますね。
にゃんにゃん
2012/06/08 23:29
◇にゃんにゃんさま

昔の過去ブログへのコメント、ありがとうございました。
この絵が日本に、それも福岡にあると言う事は素晴らしいことだと思います。
にゃんにゃんさんは福岡にお住まいなのでしょうか?包み込まれるような、圧倒的な大きさ、この大きさこそ、本物と対峙した時でないと感じる事ができません。本物を直接見ることがお出来になられるなんて、羨ましい限りです。

>まだキリストがどうとか、わからないけど

キリスト教の文化が背景にあることは事実ですが、この絵の主題はそれだけではないと思います。人類が初めて手に入れた核の力、その行使に対する悲しみ、恐怖もしかしたら怒りのようなものが、この絵の背景にはあるように思います。
手を合わせた聖母が守ろうとしているものは、幼いキリストとおなじように、もろく力のない人間であり、地球であるのかもしれません。

>また今度、個人的に、美術館へ行って、もう一度ゆっくり拝見して、自分なりに、ポルトリガトの聖母の謎を解明して来ます

与えられた説明ではなく、自分でもう一度絵を見て考えたいとおっしゃるにゃんにゃんさん、素敵だと思います。どうぞまたお越し下さって、感想を聞かせて下さいね。

追記ですが、現在「消えがてのうた」はPART2として継続しております。
よろしければこちらにもお立ち寄りください(^^♪
「消えがてのうたPART2」→http://folli-2.at.webry.info/
aosta
2012/06/09 04:12

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