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zoom RSS 料亭「信濃」離れ

<<   作成日時 : 2008/07/22 22:29   >>

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座して見ると空の高さが違った。
夏の白い光の中で、庭はしんと静まり返っている。
空は大きく開けたまま沈黙しているが、部屋をわたる風の涼やかさは、さざめくような遠い日の記憶を運んでくる。


明治も末、信州上諏訪の地に一人の趣味人が建てた「信濃」。昭和の時代には、三島由紀夫、東郷青児はじめとする文化人が客として名を連ねる高級料亭として、名を馳せていたと聞く。
三代目当主が40代で亡くなられたとき、まだ小学生のお子さんを抱えながらも、遺された夫人はこの信濃を守ることに奔走されたという。
板場から始まって使用人の教育、指導、お客様への心遣いはもとより、老舗の女主として仕切ることは列挙の暇もなく寸暇を惜しんで立ち働いた。
しかし気がつけば時は流れ、料亭を維持することは困難な時代へと変わっていた。
かつての母屋は貸しビルに立て替えられ、趣ある庭園は駐車場にせざるを得ない状況の中で、初代が最高の贅をつくした離れだけは守られて現在に至る。



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まるで流水紋のような優美な曲線を描く縁側





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それぞれの竹が持つ曲線、直線の美しさを矯めることなくそのまま生かしたデザイン
苔玉の緑もみずみずしい





年に何回か限られた日のみに公開される離れは、時代の波に翻弄されただけでなく、幾多の受難を経て、時を越えた静寂と空気を伝えてくれる。
もともと諏訪湖の氾濫原に広がる上諏訪は何年かに一度大きな水害に見舞われてきた。
その度ごと、家族はもとより多くの有意の人々が総出で畳を上げ、建具をはずし、水害から守った。
「ここまで水がきたんですよ・・・」
今日までこの離れを守ってきた夫人が指差す先のふすまや塗り壁は明らかに色が違っている。
「水が引いた後が大変で・・・」言葉少なに語られる口調には、しかし、自分に託された信濃屋への愛着と責任が滲む。

桂離宮の修復にも携わったという職人さんが信濃のつくりを見て感嘆の声を上げたという。
床柱を始めとして、欄間、違い棚、明かり障子の桟にいたるまで多種多様な竹が使われている。
孟宗竹、煤竹、根まがり・・・
かろうじて私が知っているのはそのくらい。
ほとんどの竹の名前を私は知らない。
竹と言えばまっすぐな垂直線のイメージが強いが、ここで使われている竹のほとんどは、曲がり節くれだった不思議な曲線がほかには考えられない絶妙な場所に使われている。
捻じ曲がった竹はそのエネルギーを中断されることなく、いまだに生きて建物の中に息づいている。
まっすぐに伸びやかな竹は網代に編まれて床の間の天井に使われ、洗練された美意識のもとさまざまな麻の葉模様や扇面を形象して欄間や障子にある。



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「扇面」のシンプルかつ洗練された形の美しさ、透けて見える緑の清々しさ




今では優秀な佐官仕事をする人を見つけるのが一苦労だとおっしゃりながらも、雲母が混ぜ込まれた塗り壁は、水がつくたび剥落し、何度も塗り直されてきた。
角度によって雲母は繊細にまた微妙に煌き、平面の塗りに何ともいえない情緒が加わる。
障子越しに差し込む光は、漉されたようにやわらかく部屋に満ちている。



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光るのは雲母。麻の葉模様は邪気を払うと母から聞いたことを思い出した





ひいやりとした畳に静かに座していると、忘れていた風が吹いてくる。
ああ、遠い日の記憶の中の風もこんな風に優しかった・・・



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お煎茶道の茶室の天井。緩やかな曲線に空間の広がりを感じる





さわさわ、さわさわ・・・
風は部屋を渡る。
空が高くなる。
時の流れが凝縮して近づく。






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コメント(12件)

内 容 ニックネーム/日時
この格子窓をみても繊細な菱形は、直線の乱れが微塵もなく、空間を自然に統御していますね。このすがしすがしさはどの場面でも見られ飽きが来ないですね。夏の季節に清涼感が漂います。殿様の遊びでもなく、民間の建物にこれだけの気品が漂っています。感嘆です。じっと見ているだけです。
イエローポスト
2008/07/23 07:33
上諏訪にこんなすばらしい建物が残っていたのですね。それもたびたびの水害にも耐えて。諏訪でも古い家屋を残そうという運動をしている人が増えましたね。しっかりとつくられた家屋は隅々まで職人の心が生きています。そしてそれを見守った施主の気持ちが伝わってきますね。
森の生活
2008/07/23 08:25
不思議ですね。こんな美しい意匠をみると、一陣の風が吹くようで、とても涼しくなります。この建物を守ることは、一言では言い表せないほど、大変なことでしょうね。
沙羅
2008/07/23 16:08
いるだけで和みそうな空間ですね。
確かに、曲線があるとほっとするのかもしれませんね。
beingreen
2008/07/23 21:05
日本の古い建物に残されたさりげない意匠はすばらしいですね!
いつまでも守って欲しいと思います。
機会があれば見に行きたいです。
うさみ
URL
2008/07/23 21:36
◇イエローポストさん

すっかりブログの更新を怠けておりましたのに早速のコメントを有難うございました。
仰るとおりいち地方の市井の人物によってこのようなすばらしい建築が成されたこと、そしてそれが今も大切に守られてきたことのすばらしさに感動します。
竹という素材の、凛とした気品を最大限に生かしたそれぞれの意匠は、いさぎ良いまでにシンプルで斬新です。
古さ、というよりむしろ新しささえ感じるその感覚に改めて日本人の美意識の高さを思いました。
aosta
2008/07/26 23:53
◇森の生活さん

コメントありがとうございました。
森の生活さんがこちらにお戻りになられたのと前後して私のブログの更新が滞ってしまい、頂いたコメントへのお返事もそのままで大変失礼をいたしました。
「信濃」という名前だけは以前から聞き知ってはおりましたが、これほどまで洗練された建物だとは正直、思ってもおりませんでした。
たまたまのご縁で拝見させていただいてそのたたずまいの素晴らしさにすっかり感動してしまいました、翌日も再び伺い、お話を伺いました。
70をいくつか過ぎたと仰る夫人はろうたけて美しく、大島を軽やかにお召しになったお嬢様のご様子を見るにつけても、守られてきたものが建物だけではないことを実感しました。
aosta
2008/07/27 00:11
◇沙羅さん

ご無沙汰しております。コメントをありがとうございました。
日本建築の素晴らしさは自然や季節さえもその中に取り込んでしまう感覚にあるのかも知れませんね。
部屋を渡る風のさわやかさ、時間と共に移る陽を追って動く影、すべてがあるがままで美しい。
お座敷から見る庭の景色も季節の移ろいと共に表情を変えて行くのでしょう。一見無為にも見える建物の中と外の光と影、静と動が実は緻密に計算され、準備されつくしたものでもありました。
aosta
2008/07/27 00:22
◇beingreenさん

コメントありがとうございます。
床の間の軸、さりげなく投げ入れられた花・・・
今の私たちの生活空間では目にする機会が少なくなった”心遣い”の景色でもありました。
そして清々しくきっぱりとした直線としなやかな曲線。
そのいずれもの特性を併せ持つ竹という素材の素晴らしさ。
もし日本の文化に竹がなかったら・・・
現在私たちが知っている日本的な美しさは、まったく別物になっていたかも知れませんね。
aosta
2008/07/27 00:28
◇うさみさん

こんばんは!
ご無沙汰しておりますのにコメントを頂きまして嬉しいです。

日本の浮世絵がヨーロッパの絵画それも印象派に影響を与えたのは有名な話ですが、浮世絵だけでなく、光琳はじめとする装飾的な絵画、デザイン性が与えた影響も多大なものがありました。
絵画だけでなく、着物のデザインの新しさにも驚かされます。
片身代わりの大胆さ、幾何学的なデザインと写実的な花鳥が同じ平面に描区手法の鮮やかさ。色あわせの妙。
そうした日本的な美が集約したものが日本の家だったのかもしれません。
最近の建築物を見ていると「本物」から遠く離れてしまった現在の不幸を寂しく思います。
aosta
2008/07/27 00:39
この料亭は曲線の美しさを随分、意識したつくりになっていると思います。
ヨーロッパの建築(ゴシック建築など)は、あまり曲線の美しさを意識して作成されていないので、曲線の美しさをよく日本建築に見ます。
英語や他の外国語に翻訳不能とされる、「わび」と「さび」の世界ですね。
広辞苑をひいて、上の「わび」と「さび」を見ても、あまり理解が進まないですね。
多分、日本語としては、「わび」と「さび」という単語があるのでしょうが、これは単語ではないのでは?とも、思うのです。
単純に、この「信濃」の料亭を見た時の雰囲気、言語にできない日本の精神や雰囲気を何かを喩えていったものが、「わび」と「さび」と思うのです。
では。
坂本誠
2008/12/13 16:55
◇坂本さん

こちらにまでコメントくださいましてありがとうございます。
嬉しいです。

曲線と直線、日本建築とヨーロッパのゴシックの対比はおっしゃられる通りのことを私も感じます。
また西洋的な美の基準がシンメトリにあるのに対し、日本的な美意識は対象よりはむしろアシンメトリー、非対称なものにこそ美を見出します。
神に「よってこの世界が作られたとする、西洋的キリスト教的発想ですと、世界は人工物、まさしく作られたもので会うが、アジア的な世界観では自然はまさに「自然」であり目的や意図から解放されたものですね。その認識の違いが、美意識を左右する要因の一つなのかもしれません。

英語や他の外国語に翻訳不能とされる、「わび」と「さび」の世界ですね。
本当にそう思います。
日本人でよかった、と思います(笑)。
aosta
2008/12/16 00:17

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