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zoom RSS 混声合唱とピアノのための 「その日-August 6-」

<<   作成日時 : 2008/08/05 23:40   >>

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8月3日、川上村で開催されていた八ヶ岳ミュージックセミナー最終日のコンサートに出かけたのは、三善晃さんの「三つの叙情」を聴きたいがためだった。

立原道造と中原中也の詩によるこの曲は、三善晃という硬質な作曲家の初期の代表曲と言っても良い女声合唱曲だ。
私の20代は、いつもこの二人の詩人と共にあった。
今までいわゆる現代日本の合唱曲をほとんど聴いたことのない私は、中原の、立原の詩がどのような旋律とハーモニーのなかで変容するのか、ぜひとも聞いてみたかったのだ。

だがしかし、当日私を圧倒し打ちのめしたのは、まったく別の曲だった。



画像

川上村文化センター からまつホール アールデコを思わせる照明と天井のデザインだと思いませんか?



「その日わたしはそこにいなかった」という一節が、聴いた後いつまでも心の奥底で疼きつつリフレインを続けるこの曲。

三善晃作曲 谷川俊太郎の詩による 「その日-August 6-」  
    指揮 : 栗山」文明  ピアノ : 寺島陸也


1945年 8月6日。
突然、生を断ち切られた人々。
それは「私」ではなく「あなた」だった。
しかし「あなた」である必然はなかった。
あったのはただ戦争という戦慄的な不条理。
あの日、死すべきは私であったかもしれないという、のっぴきならぬ想いが、「ことば」になり「うた」になり、祈りとなってすべての死者に捧げられる。

あの日死んだ「あなた」は、不特定多数のあなた、one of themなどでは断じてない。
それは愛する人、かけがえのない家族。
ひとりひとりが顔をもった「あなた」だった。
生きることに歴史があるように、死にも歴史がある。
あの日から今日まで、一直線に貫いている、死の歴史。
今生きてある私たちがもう一度たどるべきは、この死者たちの歴史だ。

無伴奏で始まった「その日」
あるときは閃光のように、またあるときは何者かを糾弾しながら、突然激しくかき鳴らされるピアノの音は、まるで生者を断罪するかのように狂おしく響き渡り、やがてまた声なき死者であるがごとく沈黙する。
そしてあの日から今へ、「ただ信じるしかない」と、あたかも連祷のように内声と外声が無伴奏で歌い出される。
殷々と響き渡る鐘の音がしだいに消え入るように、ゆるやかに減衰していくハミングは、許されざることを知るがゆえの、魂から滴る祈りだ。
心からの祈りはおそらく言葉にはなるまい。
言葉になれば、真実の想いから遠ざかる。
言葉ではなく、想いが祈りなのだ。
許しを求めないからこその祈りなのだ。
許されないからこそ、祈りの最後は希望なのだ。
この希望は救いでも逃避でもない。
残されたものは希望だけという、崖っぷちの希望だ。
それに賭けて飛ぶ、命がけの希望かもしれない。


コンサートが終わったあと、練習のとき、眼を真っ赤にしながら歌っていたひとがつぶやくように言った。
「最後のハミングは、ト長調の男声の和音に途中からト短調の女声の和音が重なる。これは不協和音だ。
あとから加わった女声のト短調が先に消えて、男声のト長調が最後まで残って曲が終わるんだよね。
でも、そのト長調の和音も基音は最低音じゃない。
長調で終わることで、かすかに残された希望をつないでいるけれど、これは祈り。コラールなんだ・・・」


パンドラが開けてしまった箱の中に最後に残っていたという希望。
その光はいま儚く、か細い。


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ひとりぼっちの黙祷
今回の記事は、別のサイトのほうで8/15に書かせていただいた文章をそのままコピーしたものです。 戦争についての話なので、かなり真面目で長&... ...続きを見る
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2008/08/21 23:56

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コメント(18件)

内 容 ニックネーム/日時
物忘れがだんだんひどくなるこのごろですが、あの夏の日のことだけは忘れられません。このあと死ぬまできっとそうでしょう。
森の生活
2008/08/06 08:38
今日は広島に原爆が落とされた日、決して忘れてはならない日です。落とした当事者はなんの痛痒を感じていないとはっきり言っている。この落差に言葉を失います。ヒロシマナガサキ白い光・黒い雨・あの夏の記憶という番組を夜中に見て嗚咽。NHKで継続して放映している証言記録・兵士たちの戦争を現今の政治家たちは何人位見ているのだろうか?多分見る人は少数のような気がしてなりません。背筋が戦慄して止まないあの戦争を直視して平和を希求することが、今生きている私たちの最大の務めだと思います。谷川さんの詩に涙が溢れてしまいました。
sonnet
2008/08/06 10:48
偶然ですが…
私もmixiの日記で、この8月6日について作られた2つの合唱曲のことを書きました。

ちなみに、面白がる人もいるかも知れないのでmixiでは一切書いてませんが、私の妻は、広島の被爆2世です・・・

なおさら思いは…深い…
marcelino
2008/08/07 02:37
◇森の生活さん

日常的、とか平凡とかいう言葉を聞くとき、つまらない繰り返しを連想しがちですがその平凡な日常が失われて初めてそれがどんなに得がたい日々であるかを知るのですね。
平凡な毎日が繰り返されることこそが、その実、非凡なことなのですね。
あの夏の日、なんと多くの人々の「毎日」が奪われたことでしょう。
そして現在もまた・・・

亡くなられた人たちはあちらの世界に行っても、「その死」は常に私たちの世界で私たちと共にあります。
その死と共に、「あの日」は、60年以上のときを経てなお、同じ夏の空に粛然と立ち続け、私たちに問い続けているのではないでしょうか。

「私はただ信じるしかない・・・」
谷川さんの祈りを私も祈りたいと思います。
aosta
2008/08/07 23:12
◇sonnetさん

映像で眼にする忌まわしく、哀しい真実。
私より「あの時代」に近い、というかあの時代を生きたsonnetさんだからこその万感の想い、涙なのだと僭越ながら思います。
広島の記念式典の中継、NHKはじめとする各社の特集番組。
時として、ある種、夏の年中行事になってしまっているかの扱いを感じることがあります。一部の心ある人たちが見るだけでは、何の意味もありません。たとえば学校の授業でみな生徒が見る。感じる。
戦争の真実と悲惨を世代から世代へと伝えていくことこそが、何にも優先すべき義務であるべきだと思います。

今年の平和式典の中継を見ていた私の心の中では、終始、この「その日」の歌と祈りがこだましていました。
aosta
2008/08/07 23:30
◇sonnetさん

お尋ねです。
谷川さんの「その日」の詩をネットでごらんになられたのであれば、どちらのサイトか教えていただけますでしょうか。
著作権を考えると、安易にこのブログに掲載することがはばかられたのですが、どこかオフィシャルなサイトがあるのでしたらリンクさせていただきたいと思いますので。
aosta
2008/08/07 23:37
◇marcelinoさん

ご無沙汰しております。
コメントありがとうございました。

私の知人にも、8月6日は毎年フォーレのレクイエムを一日聴いて過ごすという、ご夫婦で被爆されたかた、また「夾竹桃の花は大嫌い」とお母様に聞かされて育った被爆二世の友人がいます。
たまたまの偶然で生き延びたことを悔いながら聴くフォーレ。
あの日も、照りつける真夏の日差しの中で咲き誇っていた夾竹桃の花を見るたび蘇る記憶。

>なおさら思いは…深い…

さぞかし。と思うことさえ申し訳なく感じられてなりません。
aosta
2008/08/07 23:48
私は終戦から十数年後に生まれましたが、自分が歳を重ねるにつれてあの戦争がどんどん私に近づいてくるような気がしています。”戦後”が長くなればなるほど、私が生まれた時代は戦争の時代に近くなっていく…。
ただ、理不尽さに涙が出るだけですが…。
alex
2008/08/08 17:31
aostaさん
ご照会の詩は05年に図書館で「シャガールと木の葉」集英社刊、という詩集の中で読んだと記憶しています。俊太郎詩集VOL3(同文庫)にも収録されているようですが未確認です。ついでもありますので午後からでも図書館に行って見てきますね。
sonnet
2008/08/09 11:00
aostaさん
件の詩はやはり「シャガールと木の葉」所収でした。文庫のVOL3の方にも載っていました。ネットにはどうも該当する項目は見当たらないようですね。
本は再読するため、「モーツアルトを聴く人」などふくめて3冊ほど借りて来ました。この中には、諧謔味をふくんだ詩もあって、しばし猛暑を忘れることが出来そうです。
三善さんは森有正、田中希代子と同じ船でパリ留学されており、ずっと関心を寄せている音楽家ですが、「その日-August 6]は未聴です。いつの日か耳にする機会があればと思います。

sonnet
2008/08/09 20:55
◇alexさん

今日は朝から雨です。最近の雨はいつも激しい雷雨(ひょうも何回か降りました)でしたから、こんな風にしっとりとした静かな雨音を聴くのは久し振り。雨の音にしみじみと耳を傾けています。

世界を揺るがすほどの光と衝撃のあと、死と慟哭の声なき声に満ち溢れていた広島に降り注いだのは黒い雨でした。

遠ざかれば遠ざかるほど逆に近づいてくるような戦争の気配・・・
すごく良くわかります。むしろ実感、と言っても言いかもしれません。
何か得たいの知れない不安、恐怖を感じるとき、思うのは子供たちの笑顔です。この笑顔を、あの笑顔を守りたい。
人ごとではなく自分のことととして痛みや悲しみを感じるためには、血の通う想像力が必要だと思います。
そして今の時代に欠落しているのはこの想像力かもしれませんね。

aosta
2008/08/13 05:57
◇sonnetさん

お返事いただけまして嬉しいです。
やっぱりネットでは見つかりませんでしたか・・・
余計なことをお願いしてしまいすみませんでした。あの詩に書かれた痛切なまでの言葉の力。その言葉が触媒になったかと思わせる三善さんの音楽の素晴らしさ。共に旋律と和声の美しさと千切れる痛みの深さと相まって完全にひとつの祈りの空間を作りあげているように思いました。

三善さん、田中希代子さんのピアノについて印象的な一文を寄せていらっしゃいましたね。音楽的感性だけでなく言葉に対しても大変厳しい方、と思っています。
aosta
2008/08/13 21:20
サイトに訪れて下さり有り難うございました。
今日は終戦記念日です。篭もる大気の暑気を払い去るような
激しい雨が昨夜降りました。今日もまた、「その日」であります。
本当にその日を知っている人ほど、多くを語りません。
ただ、戦乱の中でその方が触れた「情」の部分を語るとき、
多くの人が涙を流されます。
黒い雨など、あの涙など、もう大地に流れ出すことのなきよう。
今日は折りにふれどこかで、終戦の日を思います。
月秀
URL
2008/08/15 09:18
◇月秀さん

リンクばかりでなくコメントまでいただきまして有難うございました。
先日、レイテ島を生き延びた元日本兵の方たちのドキュメンタリーを見たばかりです。63年間誰にも語ることのなかった記憶を言葉にする想いは私には想像を超えた事実です。あれ以来始めて泣いたと言いながら涙をぬぐっていた老人の顔に刻まれた皺の深さが忘れられません。
aosta
2008/08/17 07:51
「その日 - August 6」で検索してきました。はじめまして。
先日定期演奏会でこの曲を歌った高校生です。
どうやら月秀さんは見に来てくださったみたいですね…(笑)

戦争も原爆も、絶対にこの世にあってはならない。ならないはずなのに。
それでも今も世界のどこかで戦争は続いているんですね。
大量の人命と物資を犠牲にして。
原子爆弾が使われる日は、もうすぐまで迫っているのかも知れません。

曲全体に散りばめられた不協和音は「叫び」だと私は思っています。
人々の叫び。地球の叫び。それらが重なって風化して、祈りに繋がる。
最後の和音にこめられた叫びは、観客に何を伝えようとしているのか。
本当に難しい曲で、だからこそ美しい曲だったと思います。

勝手ですが、ブログの方でリンクをさせてもらいました。
事後報告でごめんなさい。問題があればすぐに外したいと思います。

戦争で犠牲になった全ての人々へ祈って。
braverd
URL
2008/08/21 23:55
◇braverdさん

おいでくださいまして有難うございます。
リンクもえいがとうございました。
高校生の方、それも月秀さんがブログで書いていらした演奏会で歌われた方からコメントをいただけてとても嬉しいです。
あってはならない戦争が繰り返されている現実。
人は歴史から学ぶことができないのでしょうか。それが人の哀しみであり、罪であり、宿命なのだろうかと思うと慄然といたします。
答えのない問いは重く、あまりのも哀しいですね。
そして不協和音の叫び・・・
怒り、哀しみ、糾弾といったさまざまな言葉にならない思いがこの不協和音に込められているのでしょうね。
この曲の壮絶な美しさ、静けさはこの叫びへの祈りに深さゆえ、なのかもしれません。
aosta
2008/08/26 07:32
>指揮 : 栗山」文明  ピアノ : 寺島陸也

栗山先生の名前は「文昭」ですよ。
寺島先生の島は正確には「嶋」です。
通りすがり
2011/10/26 19:54
◇通りすがりさま

おはようございます。
お立ち寄り頂いたばかりか、大事なご指摘を頂きありがとうございました。
ブログを公開するに当たり、気をつけなければならないことは多々ありますが、人の名前、特に現在ご活躍中の方のお名前を間違えると言う事は、あってはならないことでしょう。今回、栗山文昭先生、寺嶋陸也先生のお名前表記に間違いがございました事、本当に申し訳なく思います。
本来であれば、すぐに誤記を改めなければならないところなのですが、現在この「消えがてのうた」は私の些細なミス出のために管理画面に入ることが出来ず、したがって本文を書きなおすことが出来ません。
これからお立ち寄りになる方がいらして下さるなら、せめて通りすがりさんのコメントにまで目を御通し下さり、私の間違いに気がつかれることを切に願っております。
現在継続しております「消えがてのうたPART2」にもどうぞお立ち寄り下さい。そして、不明をご指摘いただければ嬉しくありがたく思います。
aosta
URL
2011/10/27 06:29

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