消えがてのうた

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<<   作成日時 : 2008/09/08 21:01   >>

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あの子は ずっと個室だった

未就学児から小学校低学年の子供ばかりの病棟で

高学年の彼は お兄ちゃんだった


お兄ちゃんだから 個室なのさ

彼はいつも そう言って強がった


どの子にも 母親が付き添う小児病棟で

彼は ひとりだった

ごくまれに 彼を訪なうのは 

施設の寮母さんだけだった


「お母さん」

年配の寮母さんを 彼はそう呼んでは 甘えた

彼には

母と呼ぶ人が いなかった




心臓の大きな手術を済ませて

病室に帰ってきた時も 

彼を 迎える人はいなかった

「許可が出るまで 水は絶対飲んじゃだめ」

看護婦さんは そういって聞かせた

「お兄ちゃんなんだから がまんできるよね」



その晩 

いつになく頻繁に ナースコールが鳴り続けていた

お兄ちゃんだ


なんのことはない

話し相手がほしいのだと 

駆けつけた看護婦さんに とりとめなく話続けるのだと・・・・


けれども 深夜の病棟は あまりに 忙しすぎた

看護婦さんは 思い余って 

彼のナースコールのスイッチを切った





画像

オディロン・ルドン 「アリ・ルドンの肖像」 1896-97年 | パステル・紙 | 45.5×31.5cm | シカゴ美術研究所






お兄ちゃんは 氷枕の水を飲んで死んだ

たったひとりで

見守る人もない 真っ暗な 病室で




翌日 部屋は何もかもが きれいに片付けられて

つい昨日まで 彼が寝ていたベッドの上には

糊の効いた真新しいシーツだけが 几帳面に たたまれていた

眩しいほどに晴れ渡った 秋の朝だった





                                    
2008-09-08 aosta




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消えがてのうた
2008/09/11 09:01

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タイトル
本 文

コメント(31件)

内 容 ニックネーム/日時
老人ホームをテストするを読んだところに→個室は人によって
●家族の意見:88歳はまえから寝たきりで、施設のショートステイや3ケ月入所を随時させてもらっています。初めて施設の個室に入ったときは母は心細さから夜「私をどうするつもりなの」と騒いだそうです。母は「個室の夜は恐ろしい」と言います。個室の夜の孤独に耐えられない老人は、新設の特養を利用できないことになります。
●特養で働いている人からの意見:人生をどのように生きぬいてこられたか、家庭環境に
よって安心できる条件は様々です。個室を利用できる自立度であったとしても、「ひとりぼっちにされた」と感じる方もおられます。
●利用者が今日の夜勤の職員はだれですか?→夜間に大便をしたことを人格非難を否定されるような怒鳴り声に怯える人だった。「私が夜勤のときはナースコールはほとんどならない、夜勤に入る前に利用者全員をにらみつけるからだ」と豪語する問題職員がいる
場合もあるそうです。
イエローポスト
2008/09/09 00:22
順序が後先になってしまいましたが、この少年の場合は、何年たってもその置かれた環境や境遇を思うと、やりきれない思いですね。
イエローポスト
2008/09/09 00:42
県立こども病院を何回か訪れました。小さな保育器で一生懸命生きようとしている新生児たち、廊下ですれちがう車椅子の子供たち、先生たち、看護師さん、生きるということにひたむきな空間がひろがっていました。あの張り詰めたような中にあった暖かな空気は忘れられません。
森の生活
2008/09/09 09:00
◇イエローポストさん
 こんばんは。

>「個室の夜は恐ろしい」

老人ホームについては存じませんが、病院の個室が”恐ろしい”ことはたしかかもしれません。
まず個室に入る状況というのは病状が予断を許さない、という場合が多いです。(もちろん差額ベッド代を支払っても、個室に入りたい、という理由のときは別ですが。)もしくは何らかの感染症を発症して隔離される場合。小児病棟では免疫が極度に低下したお子さんばかりですから、ことは重大です。付き添う誰かがいてくれればともかく子供がったった独りで個室という状況は過酷の一言です。

本来ならば緊急時の安心のためのナースコール、職員の都合や感情で切られてはたまりません!看護婦さんがいかに激務かということを間近で見ている私としてはその気持ちがわからないでもないのですが、(ここは心を鬼にして)あってはならないことです。断固!!

あのとき、何か違う方法はなかったのか、20年近くの時間が流れた今も、あのお兄ちゃんのことを考えると、涙がこぼれてしまいます。
aosta
2008/09/10 19:44
◇イエローポストさん

やりきれない、という想い。
悔しさ、理不尽に神に召された彼を思うとたまらないのですが、一方で、あれは彼の”覚悟”だったのかも知れないとも思うのです。
死に近づいたとき、子供は子供であっても不思議なほど老成した考え方をする場合が多いように思います。
彼もまた例外ではなかった。
あれは、彼の意志であったと思うことがたびたびです。
ならば尚更、彼の魂が安らかなることを祈らずにはいられません。
aosta
2008/09/10 19:52
◇森の生活さん

コメントありがとうございます。
松本こども病院が竣工も間近というニュースを聞いたのは入院先の北海道でした。何か明るい光が灯ったような、喜びと期待が交錯した思いを今でも覚えています。最新の医療設備の整った病院に転院できれば、子供の病気も治るような気がしたのです。
半年後実際に転院したのはこども病院ではなく大学病院でしたが。
aosta
2008/09/10 20:16
◇森の生活さん 続きです。

こども病院、知っている子供さんも何人か入院しておりましたので私も何回も足を運びました。のどかに広がる田園風景の中に赤い三角屋根の、まるで御伽噺に出てくるような病院。
でもそこにあるのは、非日常が毎日になった現実です。
長いこと病院で暮らしていると、子供にも付き添いの親にも日常こそが非現実になる。
その両方を行き来しなければならない親は孤独です。
患児だけでなく患者家族も精神的につらすぎる重荷を背負っています。
こども病院の明るさ、暖かさはひとつの救いではありますが、病院の外からのサポートももっともっと必要だと思います。

私の心残りと言えば、そうした患者家族を支援するグループを立ち上げたまま松本を離れなければならなかったこと。私の家族の中に、退院したら病院と(入院している子供さん、付き添いのお母さんを含め)関わるな、という人がいて私はそれを押し切ることができませんでした。
幸い、そのグループはその後も着実に活動を続けています。
もしかしたら森の生活さんもご存知かもしれない○沢先生が、発起人の一人でした。
aosta
2008/09/10 20:17
コメントありがとうございました。
ヒゲおやじも昔々盲腸の手術で入院したときに、救急で入ったためか何故か個室でした。普段は一人で寝ていても何ともないのに、何故か病院の個室の夜は怖いです。そして寂しいものです。大人でもそうですから、ましてやこういう境遇の子供にとっては、耐えられないことだったのでしょうね。悲しい話しです。
ところで前記事の車の救出劇。面白かった、いや失礼(笑)。
無事救出、よかったですね。さぞかしビールが美味しかったでしょうね。
ヒゲおやじ
2008/09/11 10:56
◇ヒゲおやじさん

コメントありがとうございます。
あのお兄ちゃんはいつも笑ってましたけど、彼の孤独はどんなにか深かったことでしょう。彼の孤独を思うと、私も真っ暗な穴の中に落ちて行くような、心がだんだん冷たくなるような気持ちになってしまいます。
時間が経てば経つほど彼のことを考えることが多くなりました。
わたしがおにいちゃんにしてあげられることは、ずっと忘れないということしかありません。

脱輪の顛末、楽しんでいただけましたようで何よりです(笑)。
今となっては笑い話ですが、さすがのあの時はどうなることかと・・・
家に帰り着きましたら、わずかな距離ですのに、雨が降った気配はまったくありませんでした。

おかげさまで、ビールを飲んで生き返りました!!
aosta
2008/09/11 22:20
はじめまして^^
Pale Moonさんの所から訪問させて頂きました。

読んだ後に、胸がとても苦しくなりました。
今は言葉がでないほど・・・寂しいです。
じゅんこ
2008/09/12 12:01
◇じゅんこさん

こんばんは。
ようこそおいでくださいました。

もう20年ちかく昔の辛い思い出です。
長い時間私の中で停止したまま先に進めずにいた記憶でした。
その間ずっと忘れることのなかった想いが、不思議なことに今になって言葉になりました。
このつたない言葉に託した想いが、少しでもじゅんこさんの心に届いたことを本当に嬉しく思います。

どうぞこれからもお立ち寄りくださいますように♪
aosta
2008/09/12 23:43
いつも思うんですけど
悲しい人は、悲しくならないようにすればするほっど、
悲しみを集めてしまって
寂しい人は、寂しくならないようにすればするほど、
寂しくなるような気がします。

ナースコールは、少年の叫びだったのかもしれませんね。
pale moon
2008/09/13 00:03
先ほどのコメントの文章に
乱れがあることをお許しください。
pale moon
2008/09/13 00:11
◇pale moon さん
 こんばんは。
 コメントありがとうございます。

>ナースコールは、少年の叫びだったのかもしれませんね

ああ本当に私もそう思います。
呼んでも、叫んでも応えてもらえなくなったときの彼の思いを想像するだけで心がしんしんと冷たくなるようです。
彼は人の温かさに渇いていたのだと思います。健気に笑いながらその実、彼の中には雪のように悲しみや寂しさが降り積もっていたのでしょう。
いまさらながらに悔やまれてならないことばかりです。

>先ほどのコメントの文章に 乱れがあることをお許しください。

ご丁寧にすみません。
私など、いつもキーインミスばかりのコメントを書いていますので(笑)
何だか安心しました。
aosta
2008/09/13 00:18
最初に読ませていただいてから、なかなかコメントできずにいました。やっと思いを少し文字にできそうです。
私の知っている娘さんは生後3ヶ月にこども病院で心臓手術をうけ、今は元気な小学生になっています。10歳を過ぎましたが再手術はもう少し先で良いそうで、「あの病院は娘の命綱だから」とお母さんは言っています。
お兄ちゃんにもっと誰か寄り添えなかったのか…それは自分の身近なところにいるかもしれない子のためにも、お兄ちゃんが教えてくれているのかもしれないと思いました。お兄ちゃんのことを忘れないaostaさんを通してお兄ちゃんに出合えました。お兄ちゃんの魂が今は安らかであることを祈ります。
alex
2008/09/13 07:43
◇alex さん

朝一番のコメント有難うございます。
ちょうど「魔笛」の記事を書いている時に入ってまいりました♪

重い想いは(日本語は難しいです・笑)なかなか言葉になりません。
時間と共に言葉が成熟していくのを待つばかりです。
時間と共に消えていってしまう想いもありますしね・・・

お兄ちゃんにもっと誰か寄り添えなかったのか…それは自分の身近なところにいるかもしれない子のためにも・・・

寄り添ってあげること、温かさを伝えること、君は独りではないのだということを必要としているお子さん、ご家族はたくさんいらっしゃいます。
お兄ちゃんのためにも、彼の最期の晩に神様が寄り添っていてくださったとを信じたいと・・・
ゴム臭い氷枕の水が、彼にとって渇くことのない「命の水」であったことを祈りたいと思います。
aosta
2008/09/13 10:09
読み進みながら胸を押さえ、読み終えた後目を閉じてしまい、しばらく開ける事が出来ませんでした。
せっかく手術をして手に入れた生、それを自ら手放してしまうほどの孤独と絶望。。。
幼い体と心には辛すぎたのでしょうね。
寂しさから解放され、安らかにと願わずにはいられません。

91歳になったうちの義父、認知症のため我が家なのに我が家という認識がないもので、どこかに閉じ込められてると感じてるようです。
ひとりぽっちだ、寂しい、怖いと昼夜問わず5分おきに呼びつけたりします。
呼ぶ声、叫び声が聞こえても無視を決め込んでしまう事も多いです。
ナースコールのスイッチを切った看護師さんと同じ事をしてますね、私。
ちょびママ
2008/09/15 11:34
◇ちょびママさん

お久し振りです。コメントありがとうございました。
先日ブログを拝見した際、介護で困難な状況にいらっしゃることを知りました。ご主人とお二人で大変なご苦労をされている毎日についてなんと申し上げてよいかわからないまま、何もコメントができずにいましたこと、お詫び申し上げます。

お兄ちゃんのことは、死んでいった何人もの幼い子供たちの思い出の中でも多分一番つらい思い出です。
彼が病で亡くなったのではないことを知っているからです。
手術自体は大成功だったのです。
彼を撃ち落したのは、ちょびママさんの仰るとおり孤独と絶望だったと、私も思っているからです。当時私の息子は2歳。小学校高学年の彼はとても大人びているように見えました。でも今、客観的に同じ年頃のお子さんを見ると、本当にまだ子供なのです。最期のとき、お兄ちゃんはどんなにお母さんを呼びたかったか・・・

お義父さまにとって、ちょびママさんはすでに「嫁」ではなく「お母さん」なのかもしれません。きりなく甘え、わがままを言えるお母さん。
お義父様もちょびママさんもどちらも辛過ぎますね・・・
aosta
2008/09/15 12:23
◇ちょびママさん
 つづきです。

>ナースコールのスイッチを切った看護師さんと同じ事をしてますね

頑張って!とは言いたくありません。私のときもそうでしたが、これ以上頑張れないほど頑張っていらっしゃるちょびママさんだと思います。
お体にだけは気をつけてくださいね。
素敵なお写真を見せていただくたび、ちょびママさんの優しさが伝わってきます。お義父様もきっとわかっていらっしゃいます。
aosta
2008/09/15 12:24
「氷枕の水」がお兄ちゃんにとっての愛になってしまったと思います。
それは冷たい愛なのでしょうか。
坂本誠
2008/12/08 19:19
◇坂本さん

>「氷枕の水」がお兄ちゃんにとっての愛・・・

胸が詰まりました。
この詩を書いたにも関わらず気がつかなかった「愛」を坂本さんは発見してくださいました。
彼は愛されることだけを望んでいたわけではない、という事実です。
彼は愛されるだけでなく、むしろ愛することを欲していたのではないか、という洞察です。人は愛されることによってではなく、自ら愛することによって癒されるのでは、ということに気付かせてくださいましてありがとうございます。
「お兄ちゃん」が最後に愛したもの、透き通る冷たさのその水は、熱乾いた喉から胸へと静かにおりていったのだと思います。

「冷たい愛」・・・この言葉に改めて目頭が熱くなりました。
素晴らしいコメントをありがとうございます。
aosta
2008/12/10 07:48
初めまして。
素敵なブログですね。
また、詩が素晴らしくて感動しています。
この詩に、泣かされます。亡くなった方への心残り、悔いても悔いても
その時間はもどらない。なんと胸の痛いことでしょうか。
お兄ちゃん ごめんなさい。この心の叫びはきっと通じているはずです。
  
織り姫
2009/01/05 00:36
◇織り姫さん

コメントをいただきましてありがとうございました。
お返事差し上げますのがおそくなりましたこと、まずはお詫びいたします。

>悔いても悔いても その時間はもどらない

この詩のタイトルである「約束」に込めた意味は「忘れない」いうことです。
お兄ちゃんのことを私は決して忘れない。真白なシーツが目に眩しく光っていたあの日の朝、すでにそこにはいなかった彼に私が約束したことでした。
忘れないでいること、それだけが私がお兄ちゃんに対してできる唯一のことでした。
aosta
2009/01/13 22:27
aosta様は心から、そのお兄ちゃんを抱きしめ愛されましたよ。
今度は、お兄ちゃんが心配しています。
有難う。そんなにも思ってくれて、もう十分だよ。さびしくないよ。
だから、僕のために悲しまないで。もうすぐ新しい命になってうまれるから、
その時はよろしくねって、-言ってみえるとおもいますよ。
自分を思ってくれる優しい人の、苦しむのを喜ぶ人はいないから。
それは、生きてる人も天国の人も同じ気持ちだと思いますから。


って。
織り姫
2009/01/14 23:17
aosta様は心から、そのお兄ちゃんを抱きしめ愛されましたよ。
今度は、お兄ちゃんが心配しています。
有難う。そんなにも思ってくれて、もう十分だよ。さびしくないよ。
だから、僕のために悲しまないで。もうすぐ新しい命になってうまれるから、
その時はよろしくねって、-言ってみえるとおもいますよ。
自分を思ってくれる優しい人の、苦しむのを喜ぶ人はいないから。
それは、生きてる人も天国の人も同じ気持ちだと思いますから。


って。
織り姫
2009/01/14 23:18
すみません23:17 消していただけますか
ミスってしまいました
織り姫
2009/01/14 23:21
◇織り姫さん
 再コメントありがとうございました。

> 消していただけますか

すみませんっ!
実は今現在、アドレス変更に伴うトラブルでこちらのブログの管理画面に入れないんです。「part 2」を立ち上げましたのも、こちらでの継続が不可能になってしまったからで・・・
こうしていただいたコメントにお返事はできても、コメントの削除はできません。ごめんなさい。
でもどうぞ気になさらないでください。このままで何の問題もありませんから。
aosta
2009/01/15 18:00
◇織り姫さん
 今日、たまたま読んでいた本の中にこんな詩をみつけました。

      あの子は生きている

  死んでしまったなぞと
  いってはいけないよ。
  あの子はまだ生きている!
  おまえは忘れたんだね。
  薪が燃えてしまっても
  火は残っていることを。
  竪琴の糸が切れても
  ひびきは消えないことを。
  剪られても薔薇の花は
  やっぱり咲いていることを!

          セミョーン・ドーソン 
          西條八十・水谷まさる訳『世界童謡集』より
  


aosta
2009/01/15 18:06
こんばんは
昔 都会で一人暮らしをしていた頃の体験です。
くわしくは、ここでは述べませんけど、ほんの少しの間
死んだことがあるのです。身体からスーと抜け出た私は、静かな穏やかな気持ちで、もういくんだナ、と思いながら眠って横たわっている自分の姿をながめながら天井まで上がりました。自分の顔がとてもきれいにみえました。
後で思うとないはずの自分、心の思いもちゃんとありました。
死は肉体から離れた現象、生は肉体に宿っているときです。
そのどちらも、魂(命)は、たしかに存在して生きていました。
 人がめったにできない体験ですので、なかなか信じていただけませんけど。
織り姫
2009/01/16 00:19
切々とした詩ですね。
お兄ちゃんといわれ我慢をしいられるよりも、どんなに本音で泣いたり悲しんだり訴えたり、そして何よりも甘えたかったかと思います。
ナースコールが切ないですね。
氷枕の水を飲んで死ぬなんて。誰もいないところで。
これに近い状態で死んだ方を思い出しました。
詩の良し悪しというよりも、このような状況に、何とも胸がつぶれます。
昨日も幾つか読ませていただきましたが、きょうはこちらを読んだ心境を記させていただきました。
bunbun
2010/03/18 12:37
◇bunbunさん

こんばんは。丁寧にコメントを下さって嬉しいです。
この男の子のことはどうしても忘れることができません。
当時の転勤先であった旭川の病院での一番悲しい思い出です。
誰一人あの子の孤独に寄り添う事が出来なかったと言う事実が悔まれてなりません。せめて彼の最期のとき、神様の平安が合ったと思いたいのですが、それでも、あの子が最後まで欲していたものは、人の手のぬくもりであり、顔も知らぬ母親の愛ではなかったかと考えてしまうのです。
神様がいてくださった、と思うのは私たちの独りよがりではないのか。
どんなに、どんなにあの子がさびしかったか・・・
そう思うとbunbunさんが仰るように胸がつぶれる思いがします。
あの小さな胸には抱えきれなかった悲しみの深さを思うと、今でも涙が流れて仕方ありません。
aosta
2010/03/18 22:00

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