涙の塩 ( ある結婚式によせて) at八ヶ岳中央高原キリスト教会

 先日、(もう先月の話になってしまいましたが)教会で結婚式があり、私もお手伝いでいってまいりました。

お式の中で、牧師のこんな言葉が、心に深く響いてきました。
「料理の味付けに欠かせないものは塩です。
そして、人生をより深いものにするのも、やはり塩、そう、涙の塩です。
 長い人生において、喜びと悲しみは手を携えて私たちを訪れますが、
悲しみの中にあるときこそが幸いです。
なぜなら、私たちは、哀しみの中にあるときにこそ、
お互いを理解しあい、慰めること、慰められることを知るからです。
哀しみの中にあるとき、お二人は音楽によって、言葉では言い表わせない深い想いを共有なさるでしょう。
お二人の生活は、哀しみを知ることによって、こうしていっそう豊かに、深いものとなるのです・・・」
 その日の新郎はライブ・ハウスのオーナー。
音楽を愛し、ご自分でも楽器を演奏をなさる方と伺いました。

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                 マルク・シャガール「恋人たちの花束」
 
そして牧師の最後の言葉・・・・
 「哀しみと喜びは、ともに歩んでいます。
そしてそれこそが、生きるということ、それこそが人生です。
泣く者と一緒に泣き、喜ぶ者と一緒に喜ぶ、それこそが愛です。」

★マルク・シャガール
 (1887年7月7日 - 1985年3月28日)は、20世紀のロシア(現・ベラルーシ)出身のフランスの画家。
ユダヤ人であるシャガールは,ナチス・ドイツの迫害から逃れるため,1941年,住み慣れたフランス・南仏ヴァンスからアメリカに渡り,約7年間の月日をその地で過ごしました。
アメリカのシャガールには,劇的な運命が待ち受けていました。
皮肉なことに,シャガールと妻ベラがアメリカへ到着したのと時を同じくして,シャガールの永遠の故郷ヴィテブスクがナチス・ドイツ軍の侵略によって灰塵に帰します。
そして三年後には,愛してやまなかったベラが急死します。
シャガールは心の支えともいえる二つの大切なものを失ったのでした。こうした喪失感に加え,亡命者としての異国での暮らしは,シャガールに流浪galuthの運命を強く意識させます。そしてこのことが,シャガールの当時の作品に。特異な表現と力強さを生み出しています。

ヴァイオイン、牛といった彼の作品に多用されるモチーフは幻想的な イメージだけでなく、Heimatlos (ハイマートロス)『故郷喪失者』としての郷愁と、人生への暖かい間ざしを感じさせるものだと思います。

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