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zoom RSS グレン・グールド  バッハ「ゴルトベルク変奏曲」BWV.988

<<   作成日時 : 2006/09/09 00:03   >>

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「ピアノってね、右手は人間の言葉を話しているの。
左手は、耳を澄まさないと聴こえない。神様のことばだから・・・」

教会でクワイヤの練習中にふと友人が口にした言葉。

グレン・グールドの「ゴルドベルク」
第一曲目のアリアを聴くとき、この言葉を思い出す。
1964年、彼は一切のステージでの活動を停止した。
「コンサート・ピアニスト」としてのグールドは64年にいわば、「精神的な死」を死んだ。
82年、突然の訃報を耳にするまで、彼はみごととさえ言えるかたくなさで、初心を貫徹した。

画像

まるですべての重力から開放された、飛翔する魂のような、55年のゴルドベルク。

    「最初に何を録りたいの?」彼(オッペンハイム?)は尋ねた。
    「ゴルトベルク変奏曲です。」私は答えた。
    「賢明な選択だろうか?」彼は大胆にもそう言った。
    「結局みんなランドフスカを引き合いに出すだろう?
     その挑戦はあとまわしにした方がいい。
     ≪二声のインヴェンション≫の方がデヴュー盤に向いていると思わないかね?」
    「ゴルトベルク変奏曲の方がいいんです。」私は譲らなかった。
    「本気かい?オーケー、わかった。チャンスをあげよう。」
                  "Words from a Special Friend" CBS Canada 2CDN25,1979

では、彼の最後の作品となった81年録音の方はどうだろう・・・
 55年の「ゴルトベルク」にあった、「光」のようなもの、上へ上へと登っていくかのような飛翔の喜びは、ここにはない。
彼特有の美しいノン・レガートのタッチさえ、どこか哀しい憂愁の色を帯びている。
「もういいんだよ。これでおしまい。」というグールドの惜別の声が聞こえてくるようなバッハだ。

「チェンバロにはね、ペダルがない。
だからレガートで演奏しようとしたら、鍵盤をずっと押し続けなくちゃいけない。
ペダルがないチェンバロの奏法を踏襲しながら、グールドはあんなに美しいハーモニーを作り出しているんだ。
チェンバロの美しさをピアノで再現してる。
すごい人だよ、グールドってピアニストは・・・」
そう言いながらゴルトベルクのアリアを弾いてくれた人がいた。
誰もいない平日の礼拝堂。教会の古いピアノが驚くほど澄んでよくうたった。
午後の陽射しが斜めに射して、祭壇や椅子は濃い影を落としていた。
その中で彼は弾いていた。笑いながら、楽しそうに。
一つ一つの音を慈しみながら。時間を忘れて。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
1981年のゴルトベルクによって、私はグールドという天才に出会いました。そこには、私がそれまで抱いていた厳格で、ともすれば窮屈で、額にしわをよせて聴くバッハではなく、開放的で、メロディアスで、カンタービレなアリアがありました。第一変奏曲から始まる全てのバリエーションに、ステレオに釘付けになって聴いていたことを思い出します。でも当時はブログがなかったので、こんな感動を話せるお相手もおりませんでした。
Stanesby
2006/09/09 12:11
◇Stanesbyさま

コメントありがとうございます。
>開放的で、メロディアスで、カンタービレなアリア・・・
Stanesbyさんが、スピーカに張り付いている様子が、この言葉だけで想像できるような気がしました。

バッハやベートーヴェンにはなにか正座して聞かなければいけないといった強迫観念がありましたね。
従来のそうした凝り固まったバッハ像に明るい光が射したように思えたのは、リパッティのバッハを聞いたときからでした。
私にとって、グールドの55年の「ゴルトベルク」は、ある意味ではこのリパッティ体験の延長線上にあるものです。

>当時はブログがなかったので、こんな感動を話せるお相手もおりませんでした・・・

私はインターメットという世界を通じて、初めて音楽への想いを共有する喜びを知りました。
「共有する」ことで、私と音楽との関係は大きく変わったと思います。
もちろん、良い意味で、です。
aosta
2006/09/09 15:25

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