SKFその後 / メンデルスゾーン オラトリオ『エリア』 そしてラ・トゥール・・・

今日に至ってもなお、昨日のメンデルスゾーンが、耳から離れません。
 どのアリア、どのメロディというわけでもないのですが、通り過ぎていった音は、何か気配のようなものを残していきました。
私の心の片隅で、まだ残響のように響いています。

画像
           ジョルジュ・ド・ラ・トゥール「聖ヨセフの夢(聖ヨセフの前に現われる天使)」
               油彩/カンヴァス 93×81 ナント(フランス)、市立美術館

何故この絵なのかしら。
「聖ヨセフ」、聖母マリアの夫、イエス・キリストの父。
とはいえ、「処女(おとめ)マリアは聖霊によりて宿り・・・」とあるように、キリストの受肉は聖霊の働きによるものでした。
 聖ヨセフは、「法律上の父」であり「養い親」ではありましたが、生物学的にはイエスの父親ではありません。
婚約者であったマリアが、結婚前に身ごもったことを知り思い悩む彼の元にひとりの天使が現れてこう伝えます。
「ダビデの子ヨセフ、恐れず妻マリアを迎え入れなさい。
マリアの胎の子は聖霊によって宿ったのである。その子をイエスと名づけなさい。この子は自分の民を罪から救うからである」(マタイ1:20~21)
彼はこの言葉を受け入れ、マリアを妻として娶り生まれてきた子を慈しんで育てました。
処女であったマリアが自らの想像を超えた受胎を、真実、神の業として受け入れたように、ヨセフもまた信仰の人でした。
 
旧約聖書から新約聖書へと移り変わる最初の福音書に書かれた物語。
メンデルスゾーンのオラトリオ「エリア」は、彼のユダヤ人としてのアイデンティティーに基づいて作曲されたことに間違いはないと思うのですが、彼がこのオラトリオの次に作曲を予定していたのはオラトリオ「キリスト」であったということを、昨日購入したSKFのパンフレットで知りました。
 「エリア」の初演を待たずに亡くなったメンデルスゾーン。
彼がどのような構想を持ってオラトリオ「キリスト」に臨もうとしていたのか知る由もありませんが、この「エリア」を聴いた限りでは、どんなにか素晴らしい作品になったかと、返す返すも残念に思います。

ジョルジュ・ド・ラ・トゥール 
 1593年、フランスに生まれた画家です。
その細密な筆致、光と影の綾なす絶妙なコントラスト。
じっと静止し沈黙しているかに見える彼の絵は、この光と影のドラマティックな効果によって見るものに、言葉なき言葉を雄弁に語りかけてくるような気がします。
この絵の中で天使は幼い少女の姿をしてヨセフに訪れました。
彼女がかざす手の下で、ランプの炎はかすかに揺らいでいます。
ヨセフは深い眠りの中で天使の言葉を聞いているのでしょうか。
光の中に浮かび上がる天使の穏やかな表情。対するヨセフは暗い影の中でまどろんでいます。
これから、彼にとって決定的な言葉が告げられようとしているまさにその瞬間。
二人を支配しているのは静かな沈黙、何事かを無意識のうちにも予兆しているかのようにヨセフの顔にはかすかな怖れがあるようにも見えるのですが・・・

 オラトリオ「エリア」もまた、「光と影」のドラマでした。
メンデルスゾーンにあっても、キリスト者としての、またユダヤ人としての光と影を生きた生涯であったのかもしれません。

  ◇今回、私にこの演奏会のチケットを譲ってくださった、Oさん、ありがとうございました。
    Oさんの代わりにご一緒させていただいたIさん、Mさん、Tさん。
   三人の方は初めての出会いでしたが、音楽って不思議です。  
   心の奥深くで共有する喜びが、出会いをも、深いもの、大切なものにしてくれたような気  がしています。       

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この記事へのコメント

2006年09月05日 10:00
素晴らしい音楽会の余韻に私も浸らせていただきました。
ラ・トゥールは昨年でしたか、展覧会がありましたので、初めてじっくり鑑賞しました。素晴らしい魅力、aostaさんが書かれている通りででした。
すっかり虜になり、本も借りてきて全作品を見ることが出来ました。
忘れてしまいましたが、どこかの美術館で出あったときは嬉しかったです。どこか忘れてしまったところが情けないですが。
2006年09月05日 10:46
◇tonaさま

コメントありがとうございます。
 去年はフェルメール初め、このラトゥールなど、私の好きな画家の展覧会が目白押しでしたが、とうとう一回も見に出かけられないまま終わってしまいました。
 私が彼の作品を見たのは、この「聖ヨセフの夢」がはじめてでした。
何かの画集だったと思うのですが、なんともいえない静謐なその雰囲気にすっかり魅せられてしまいました。
この独特の雰囲気は、ラ・トゥール以外の誰にも描くことの出来ない世界だと思います。レンブラントなども、非常に効果的かつドラマティックな「光と影」を描いた画家ですが、ラ・トゥールの光には透徹した精神の輝きを感じます。ましてや、印象派の「光」とはまったくちがいますね。(もちろん、「光」に求めたものが違うのでしょうが)
魂の奥底まで差し込んでくる光です。
2006年09月05日 19:15
追伸です。
朝忘れてしまいました。
「アメリカン・ラプソディ」を昨日DVDで見ました。
aostaさんが仰るようにとてもいい映画でした。
ハンガリーとアメリカが交互に出てきて、実話だそうですが、家族それぞれの哀愁がにじみ出ています。
俳優さんもそれぞれに適役といったところでしょうか。
時代に翻弄されてこのような、あるいはもっと悲惨なことがいっぱいありました。「サウンド・オブ・ミュージック」も好きです。
どうもありがとうございました。
2006年09月05日 21:21
◇tonaさま
「アメリカン・ラプソディー」ごらん下さったのですね。喜んでいただけて嬉しいです。
  
時代に翻弄されて生きる・・・
自分たちの意志や希望とはまったく別のところに流されて行ってしまう哀しさ、共有できなかった時間、喪なわれたものの哀しさ。本当にいろいろ考えてしまう映画でした。

「サウンド・オブ・ミュージック」大好きです!!
もう10回以上見ていますよ(笑)
何回見ても感動します。元気が沸いてきます。
キャプテン・トラップ役のクルストファー・プラマー、何年か前の映画、「ビューティフル・マインド」で久しぶりに再会できました。
2006年09月05日 22:03
◇tonaさま

一個人としてのアイデンティティー、民族の誇りといったものを痛みとともに考えさせられた映画があります。
「砂と霧の家」もうごらんになられましたか。
「ビューティフル・マインド」で、孤立するナッシュの妻を演じたジェニファー・コネリー、迫真のガンジー役が強烈な印象を残したベン・キングスレーの映画です。
政変によって国を追われ、移民としての生活を余儀なくされたかつてのイラン高官と、父親から譲り受けた家を競売にかけられながらも必死で「最後の砦」を守ろうとする女の、あまりにも悲しい闘いと愛の物語、その衝撃的なラストシーン。
 もし、まだごらんになっていらっしゃらないようでしたら、ぜひごらんになってくださいな。(いつも一方的なお勧めばかりでごめんなさい)
lavie
2006年09月05日 23:07
aostaさん、こんばんは!
お久しぶりです。lavieです。
ブログ開設とのこと、全然知りませんでした。
今日、sakuraさんのブログで教えていただいて、取り急ぎ、コメント欄にご挨拶しているところです。
最近、aostaさん、どうしていらっしゃるのかなあって、思ってました。
papalinさん、再開のブログでお呼びしてみたのですが、出てきてくださらないので、色々考えていました。
こんなところでご活躍とは!
ブログ開設、先を越されてしまいましたが、最近は、パソコンを開くのもやっとの日々のところもありデス。
クラシックは詳しくないので、あまりコメントはできないと思いますが、こうして久々にお話しできてうれしいです。
お気に入りにいれますね。
2006年09月06日 00:17
◇lavieさん

こちらこそ、ごぶさたしておりましたことお詫びいたします。
自分でもよくわからない力に押し出されるように言葉が溢れてきます。
浅薄な無意味な言葉かもしれません。
でも、言葉にすることで見えてくる自分がいることも確かです。

不思議ですね・・・
ある意味では自分ひとりの『リハビリ』のためのブログでした。
どなたかに読んでいただくというより、自分を解放するために始めたような気がします。
 でも、こうしてlavieさん始め、懐かしい方たちからコメントを頂くとやっぱり嬉しい。
不慣れなブログです。今こうして自分がブログを立ち上げられたのも、ご一緒させていただいた、あの一年があってのこと。
本当に感謝しています。

クラシックばかりのブログではありません(笑)
また中也のこと、お話できたら楽しいですね。
いつでも、おいでくださいね。首を長くして待っています。
Stanesby
2006年09月06日 16:29
オラトリオ「キリスト」・・・ 興味をそそられます。「エリア」も知らずして、厚顔無恥なのですが、次に、あるいは、最後に書きたかった曲、それは興味津々です。モーツァルトのレクイエムの断章以降の音楽、同じくプッチーニ手による歌劇「トゥーランドット」全編。悔やまれます。
2006年09月06日 21:28
◇Stanesbyさま

たくさんのコメント、ありがとうございます。
メンデルスゾーンにはもう一つ「聖パウロ」というオラトリオがあることをご存知でしょうか。

かつて熱心なパリサイ派(ユダヤ教の一派、厳格な律法主義でしられる)のひとりであリ、キリスト迫害の先頭に立っていたパウロは、キリストに出会ったその日から、彼を受け入れ、彼の教えを告げ知らせるものとなりました。
十二弟子には含まれませんが、聖書の中では「コリント人への手紙」によって、彼の信仰や考えを知ることが出来ます。

このパウロを主人公としたオラトリオ「聖パウロ」、私は今回「エリア」を聴きに行くにつけ、少しは勉強してからとの「予習」の際に始めて知った曲です。
オロトリオ「キリスト」は残念ながら、メンデルスゾーンの構想の段階で終わってしまいましたが、こちらは聴くことが出来ます。
クルト・マズアやブロムシュテットなどメンデルスゾーンゆかりのライプツッッヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団によるもの、コルボ指揮に拠るものなどいろいろなCDもあるようです。
Stanesby
2006年09月07日 01:03
メンデルスゾーンがオラトリオを三曲も作っていた(構想していた)とは、全くしりませんでした。熱心なキリスト信者に改宗したのですね。

「キリスト」を聴けるということは、構想に基づいて、後世の音楽家たちが作ったということですか? 話題性がありますね。
2006年09月07日 06:13
◇Stanesbyさま

聴けるのは、「聖パウロ」です(笑い)
1836年に作曲されています。
Stanesby
2006年09月07日 11:11
"こちら"という代名詞に惑わされてしまいました。
よく読めば、「聖パウロ」だってわかりますね。
よく読まなくてもわかりますね。失敬。
2006年09月07日 21:51
◇Stanesbyさま

私の文章には、指示代名詞が多いのかもしれません。
自分だけわかったつもりになって書いていること、多いんです。
気をつけますね。
2006年09月25日 20:49
◇Stanesbyさま

「フェルメールの音」という本を再読していて発見しました。
以下、引用です。
  
  ☆メンデルスゾーンの罪
『フェリックス・メンデルスゾーンのオラトリオ「キリスト」作品97(1847年、未完)の日本初演は1998年、2月15日、東京、サントリーホールで行われた。
    <中略>
演奏は、JAO(日本アマチュアオーケストラ連盟)東京オーケストラ。指揮に宗教音楽を得意とするスイス人のミシェル・コルボ、ゲストコンサートマスターに元イスラエル・フィルハーモニーのモーシェ・ムルヴィッツを招き、歌手陣に菅英三子、寺谷千枝子、吉田浩之、小松英典、藤沢真理を迎えたことを除けば、普及会合唱団のメンバーモ、オーケストラのメンバーもすべてアマチュアである。しかし演奏が行われている濃密な時間の中で、プロとかアマとかいう想念が頭をかすめることは、一瞬もなかった。むしろ聴き終わったあとに、この素晴らしい時間は、ほとんどアマチュアによって、作り出されたのだ、と改めて驚きを感じた。
2006年09月25日 20:49
     <中略>
「キリスト」はまさに天上的な音楽と言っていい。心優しい感性を深い理性に包み込んだ壮大な傑作で、とりわけ合唱パートの豊かさは比類がない。コルボが「声の扱いの巧みさに関しては、フェリックスはバッハをも超えている」と語ったといった意味がよくわかった。
最初の「ワルプルギスの夜」はオーケストラが実によく書き込まれた作品でありこの曲におけるJAO東京オーケストラの演奏は、覇気の交錯する見事なものであった。
2006年09月25日 20:53
この日のスポンサーはトヨタ自動車。
そしてこのライヴ録音は同社によってCD化されているそうです。
(TOCD29~30)

一般の私たちが手にいれること、できるのでしょうか?
2006年09月26日 01:48
> ☆メンデルスゾーンの罪・・・タイトルと本文の関係がよくわかりませんでしたが、教えてくださってありがとうございます。

お問い合わせのCDですが、私が検索したところでは一件しか見つかりませんでした。(URL貼り付けました)

これは、録音会社の Discography ですから、プロダクトとしては存在すると思うのですが、わかりません。コルボですか。興味深いCDですね。

トヨタ、オラトリオ、メンデルスゾーン、キリスト、CDのナンバー等で広く検索してもそれらしいものは何も出て来ませんでした。先の会社にメイルで問い合わせとかでしょうか。

追記 このCD、お姉さんのファニー・メンデルスゾーンの「聖書の物語」という曲が聴けるようです。益々美味しいですね。
2006年09月26日 04:36
◇Stanesbyさま
おはようございます。

早速にお調べいただきましてありがとうございました。
未完の「キリスト」のCD、指揮があのコルボなんて出来すぎているような気がいたしますが、何とも嬉しい発見です。

2006年09月26日 04:57
◇Stanesbyさま

「メンデルスゾーンの罪」について・・
前回引用した「フェルメールの音」(梅津時比古)から要約してみました。
メンデルスゾーンは、彼が多くの不遇な音楽家を援助することに骨身を惜しまなかったという事実を見ても、裕福な家に生まれ恵まれた家庭環境で育ったことを、罪と感じていたのではないか。
彼の音楽が、『美しいだけで、精神的深みに欠ける』と言われる理由のひとつにこの恵まれた環境があることも容易に推察される。
2006年09月26日 05:00
苦労や哀しみこそが、人間をより深く大きくする、という日本人好みの「定説」もある。
メンデルスゾーンの音楽の背景には、彼がユダヤ系であること、同時にキリスト者でもあることの大きなジレンマがある。
「キリスト」は、深く切り詰められた中に優しい、深い合唱が満ちている。自らの内にあるユダヤ民族としての誇りとキリスト者としての信仰が最後の調和を試みたものではないか。

ユダヤ系であることが罪なのか、裕福であることが何故罪なのか・・・
彼はこの二つの問いに苦しんだのではないか?
「メンデルスゾーンの罪」というタイトルにはこのような彼の意識を反映したもののようです.

梅津さんのこの本、最初読んだときは他のところに関心がいっていましたので、このメンデルスゾーンに関する文章を、あまり意識せずに読み進んでいました。

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