賛美歌とヘンデル

 私がよくお邪魔するブログで、ヘンデルのオラトリオ「ユダス・マカベウス」のなかの曲「見よ、勇者は帰る」が、すばらしい合唱で賛美歌130番としてアップされていました。
普段、キリスト教会に足を運んだり、賛美歌を聴いたりする機会のない人でも、この曲は必ず耳にされたことがあるのではないでしょうか。
 そう、表彰式や卒業式などに使われるあの曲。
♪タ~ンタタタンタン、タタタタタンタンタ~ン(で、わかっていただけましたか?・・・不安)
TBしていただきましたのでお聞きになることが出来ます。下記TBを参照してください(嬉)

その曲が、何故賛美歌?
確かに即座にはこの「表彰式の曲」と賛美歌を結びつけるのは難しいかも知れませんね。
そしてもちろん、最初から賛美歌として作曲されたものでもありません。
この原曲は、「ユダス・マカベウス」。
古代イスラエルに実在したとされるマカベウスのユダという人物の物語をオラトリオ"劇的宗教曲”として、ヘンデルが作曲したものです。
正確には旧約聖書外伝によるものですが、旧約聖書の時代の物語ということで認知されていたようです。
勇壮で威厳に満ちたこの曲は、オラトリオの中で戦いに勝って凱旋する兵士たちを称える場面で歌われます。
このように、もともとが”劇的宗教曲”であるならば、後に賛美歌として教会で歌われるようになったことも、そう不思議なことではありません。

画像

                 ゲオルグ・F・ヘンデル(1685~1759)
 
 キリスト教会ではこの曲(賛美歌130番)を復活祭(イースター)の前の四旬節の礼拝時に歌うことが多い気がします。
死に勝利して復活したキリストの姿を、闘いに勝って凱旋する戦士の姿に重ねたのでしょう。
威厳があって堂々としたこの曲は、まさにキリストの復活を称えるに相応しい曲であると思います。
さて、そのヘンデルですが、彼の作品にはこのほかにも賛美歌として歌い継がれてきた曲がいくつかあります。
 
賛美歌第2編56番 『主はその群れを』これは「メサイア」第一部の第18曲、ソプラノとアルトの美しいアリアを賛美歌にしたものです。
まずイザヤ書40章11節から
 『主は羊飼いとして群れを養い、御腕をもって集め、小羊をふところに抱き、その母を導いていかれる』と神への限りない信頼が歌われます。
続いて同じメロディでマタイによる福音書11章28~29節
 『疲れた者、重荷を負う者は、だれでも私のもとに来なさい。休ませてあげよう。わたしは
柔和で謙遜な者だから、私のくびきを負い、わたしに学びなさい・・・』と大きな慰めが続きます。

また、番号は前後いたしましたが同じく賛美歌第2編55番 『主イエスは死に打ち勝ち』
こちらも「メサイヤ」第3部からの賛美歌です。

この名曲「メサイア」が作られた当時、ヘンデルはすでにイギリスにおいてオペラ作者としての名声を手にしていたのですが、たまたま手がけたオペラが不評で経済的な崖っぷちに立たされていました。
さらに、追い討ちをかけるように病に倒れ、期待を持って発表した新作も認められず、ヘンデルにとって経済的身体的そして精神的にも大きな危機の時でした。
その彼がたまたま目にしたのがこの「メサイア」の台本でした。
ヘンデルが初めてこの台本を読んだときのことを、オーストリアの作家シュテファン・ツヴァイクは、その著書「人類の星の時間」でこう書いています。

最初の言葉を読んで彼は急に立ち上がった。
「慰めあれ!」。
書いてよこした台本はこの言葉で始まっていた。
「慰めあれ!」―なんという魅力であったことか。
この言葉は―いや言葉ではなかった。それは神から与えられた答えであり、意気消沈した彼の心へ向かって覆われた天からなされた天使の叫びであった。「慰めあれ!」

後世の作家が記したこの文章には、多分に彼の想像が入っているだろうことはもちろんですが、感動したヘンデルがその後、3週間、部屋に閉じこもり、憑かれたもののようにひたすらペンを走らせて、このオラトリオ「メサイヤ」を完成させたということは事実のようです。
 召使がドアを開けて様子を伺うたび、彼は涙を流しながら書き続けていた、という逸話も残っています。

この様にして作曲された「メサイア」は深い精神性と聖書理解に溢れたものとなりました。
あの「ハレルヤ・コーラス」で歌われる神への歓喜と賛美。
ヘンデルに、自作の曲が賛美歌として、世界の多くの人々に愛され歌われていることへの異存のあろうはずがない、と私は思います。

この記事へのコメント

Stanesby
2006年11月11日 06:56
トラックバックをありがとうございました。
私のブログのライナーノーツのしてこのブログは貴重です。

凱旋時の曲、そうですよね。私はずっとそういう認識でいました。それがヘンデルのオラトリオの中の曲とはついぞしりませんでしたが。

あの、とっても恥ずかしいお話ですが、賛美歌って、もともと賛美歌だとばかり思っていたので、この様にヘンデル他の大作曲家が描かれた曲を転用しているものがあるとは驚きでした。ただ私が知らなかったに過ぎないのですけれど。

さてさて、今日は結婚式ですね。
地固まる、暖かな雨です。
一緒に賛美いたしましょう。
Stanesby
2006年11月11日 07:01
> ♪タ~ンタタタンタン、タタタタタンタンタ~ン

これはやっぱり...

 ♪ニ~ンニキニンニン、ニキニキニンニンニ~ン

でしょう。(大笑)
数はちゃんと合っていましたよ。(笑)
2006年11月11日 17:52
◇Stanesbyさま
 こちらこそ、ありがとうございます。

>賛美歌って、もともと賛美歌だとばかり思っていたので・・・
 そうですよね。普通そうお考えになるのが当然です。
でも、実際に讃美歌集を手にしてみると、意外な曲が賛美歌であったことに気が付くのも事実です。
クラッシクではバッハ、メンデルスゾーン、ドボルザーク、シベリウスといった大作曲家のメロディーが賛美歌として歌われています。
Stanesbyさんでしたら、誰の曲かすぐお分かりになると思いますよ(笑)

結婚式、お疲れ様でした。
結局、お式の間はずっと雨でしたね。

2006年11月11日 17:55
◇Stanesbyさま

♪二~ンニキニンニン、
確かに数は合っています!
もしかしたら、こちらの方が歌いやすいかも・・・
2006年11月11日 19:53
今日結婚式で歌われた歌ですね。
今、Stanesbyさんのところで聞いてきました。
素晴らしいですね。
ヘンデルの「メサイア」と賛美歌の関係がこんなだったとは知りませずとても勉強になりました。
子どもの頃近所の6畳敷きの日曜教会でカードを戴いたり、讃美歌を歌ったことを思い出しています。
2006年11月11日 22:33
◇tonaさま

こんばんは。
早速聴いてくださってありがとうございました。
このブログも”ライナーノーツ”としてお役に立ちましたか?
 Stanesbyさんにコメントを頂くまでそんなつもりはなかったのですが、
その様に考えてくださったことはむしろ嬉しいことでした。

日曜学校の思い出、私にもあります。
毎週行かなくてはならないのが時に苦痛で、何とかして休む口実を考えたものでした(笑)
行ってしまえば楽しいのに、それまでがなかなか・・・
私が通っていたのは、カトリックの教会でした。
小学生の低学年の頃は、毎週頂く「こじか」という子ども向けの小冊子を心待ちにしていました。
少し大きくなって「こころのともしび」という大人を対象とした冊子に変わったときは、何だか大人になったような気がして嬉しかったことを思い出します。



Stanesby
2006年11月11日 23:24
お疲れ様でした。
入場のときに歌った賛美歌、aostaさんも完璧でしたね。
さぞ練習を積まれたことでしょう。
ゆっくりお休み下さいませ。
2006年11月12日 00:23
◇Stanesbyさま

>aostaさんも完璧・・・
尊敬するStanesbyさんにそのように言っていただけるなんて、一番嬉しいです。アルトとテノールが美しく響きあうところ、歌いながら感動していました。
 音程はともかく、発声はまだまだのaostaです。
道は遥か遠く、険しい(?)・・・



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