もう一度バッハ!『主よ人の望みの喜びよ』 <その2>

晴れ渡った夜空の真ん中で、冴え冴えと青い光りを放つ月。
それなのに何故か、雪が降っています。
白い雪が月の光の中で、浮き上がるように舞っています。
 自宅を出た時は、まだ霙でした。
目指すは我が家から車で10分もかからない教会なのですが、標高差は300メートル。
少づつ標高が高くなるにつれて、霙はいつの間にか雪に変わっていきます。
八ヶ岳にはもう何度か降っていた雪が、この冬初めてここまで降りてきました。

今夜は聖歌隊の練習。
気持ちを引き締めての運転でした。
雪のせいばかりではありません。
今日からの練習は厳しいぞ、というお達しを頂いていたからです。

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先日から始まったペンションヴィレッジのクリスマス・イルミネーション。去年と同じ雪の結晶

うっすらと雪化粧をした教会に、三々五々聖歌隊のメンバーが集まり、いよいよ練習のはじまりです。
まずはこのバッハの曲の成り立ちからの簡単な説明。
カンタータ147番のコラールであるこの賛美歌は、バッハによって合唱曲として編曲されたものなのですが、その美しさに後世の人の手によってピアノ曲に編曲され、数あるバッハのコラールの中でも一番有名な曲となりました。
本来はカンタータ「心と口と行いと生活」の中の全10曲のうちの一つのコラールだったのですが、そのコラールのオブリガード(器楽伴奏)部分の旋律がだけが、目だって有名になってしまいました。
現在私たちが知っている、この「主よ人の望みの喜びよ」という題名も、この編曲時につけられたものだということです。
もちろん有名になることはいいことなのですが・・・

 しかし、と指導してくださるM氏は仰います。
編曲されることによってこの曲が本来持っていた力、そして祈りが失われてしまったのではないか、と。
そう言われてはたと気が付いたこと。
私の中でもこの曲は合唱曲としてではなく、あの流麗なピアノ演奏による曲としてしっかりインプットされていたのです。
 続いて語られた彼の言葉には、本来のコラール(賛美歌)としての、この曲に対する熱い想いがありました。
何日も何日も穴があくほど楽譜をにらんでこの曲について考えていたと言うMさん。
それぞれのパートの意味、大切な音。
全体の流れの中で、バッハが伝えようとしていたこと、そしてそれがまさに言葉として、メロディーとして表されているところ。
転調にこめられたバッハの意図。
一つ一つの言葉に託された想い。その想いを伝えるためには、どう歌うべきなのか・・・
彼の語る言葉には、このバッハの曲に対する確固たるイメージがあったように思います。
借り物ではない、自分自身がこの曲と向かい合って手繰り寄せたもの。
その確かなものが、今、彼の言葉や身振りとなって語られ伝えられている。
何かの秘密が始めて明かされたときのような不思議な高揚感。
喜びでみんなの表情が、晴れやかに変わっていくのがわかります。

「じゃ、歌ってみよう!」
まず、テンポが違いました。
私の中の「ピアノ曲」としてのテンポよりずっと速い。
「楽器演奏を前提としたテンポでは歌うのには遅すぎる。バッハのイメージはもっと速かったはず。
声はこの時代のバロック・ヴァイオリンと同じ、もっとしなやかに。
もっともっとデフォルメして歌ってごらん、言葉の意味を考えて・・・」
合唱は生き生きと命を吹き返したように活気と喜び、賛美に満ちたものへと確かに変わっていきました。
「ほら、ここで初めて転調があるでしょう。この転調部分から後の言葉、これが一番バッハがつたえたかったところ。だからフォルテ!」
「そう!そしてここからは心穏やかに。ほらね、美しい対比でしょう?」
気持ちが、言葉が、メロデイとともに大きく高いところまで引き上げられていくようでした。
「最後は三拍、しっかり伸ばす!長すぎても短すぎてもいけない。
ディミヌエンドはなし。そのままをずっと維持してぱっと終わって!
同時に伴奏が始まる!」
  
最初、速すぎるピアノに戸惑いの言葉を発した伴奏者も、しっかりと指示されたテンポで私たちの合唱を支えています。
最後のピアノの音が消えていったとき、しばしの沈黙。
ため息。そして歓声。
だってその前まで私たちが歌っていた歌とはまったく違う歌があったからです。
今までとは比べようもない深い喜びがありました。
まだ練習は始まったばかり、でも今までとは明らかにちがうものを皆が感じている。
たった一時間あまりの、でもなんて凝縮されて熱い練習だったことでしょう。

この記事へのコメント

2006年12月04日 08:29
すてきですね。
その場の情景が、aostaさんの記述でこちらにも伝わってくるようです。

同じ旋律もその場によってすがたを変える。
あるべきところを得る。
至福の時間。

共有される方たちが羨ましい。
2006年12月04日 21:58
◇Suzuka さま

コメント、ありがとうございます。
「目からうろこ」とは、こういう経験のことをいうのかもしれません。
あの一時間の練習の前と後とでは、この曲に対するイメージがコペルニクス的に(笑)転換した想いがしています。

ピアノに限らず、器楽曲には「言葉」がありません。
もちろん音楽に言葉は必要ないのですが(音楽そのものが「言葉」ですから)、こと、声楽曲に関する限り、本当の意味で「言葉」を理解できるか否かで、音楽そのものがまったく別のものになってしまうのだということを知らされた気がしています。

「言葉」は、当たり前ですが「力」であり「想い」です。
音楽と言葉が一つになっって構築する精神の大きさ、深さを僅かではありますが垣間見た気がいたしました。

本文にも書きましたが、練習ははじまったばかり。
これから、ますます深みにはまっていきそうです(笑)!
nagisa
2006年12月04日 22:43
aostaさんは、お歌も歌われるのですね。
今日は、「のだめカンタービレ」のテレビを見て、オケの演奏に聴き入りました。いいですね。音楽って。
『音楽と言葉が一つになって構築する精神の大きさ、深さ』
私も僅かですが、時にその歌声や演奏に涙することがあります。特に歌声には弱いですね。
ところで、今日は、とってもきれいな月でしたよ。
満月でしょうか?
いつもは月を串刺しにしてしまう電線が、今日は、五線譜ならず十線譜になり、その間にすっぽりはまったまん丸お月さんは、みごとな♪、全音符になったのです。
帰りがけに車から見た光景です。感激しました。夕方のお天気のよさのなせる技でもあったのです。
お天気にあるがとう。五線譜にありがとう。もちろんまん丸お月様にありがとうの帰り道でした。
2006年12月05日 09:36
◇nagisaさん

おはようございます。
>aostaさんは、お歌も歌われるのですね。
・・・実は、まだ始めたばかりなんです(笑)。
確かに長いこと教会で賛美歌を歌ってはいましたが、その当時は聖歌隊ありませんでしたので指導する方もいませんでした。
でも、今年になって、歌いたいと言う熱意だけは人一倍のメンバーが集まってささやかな聖歌隊が発足しました。
毎週礼拝の前後、また土曜日の晩にと練習を重ね、今までとは全然違う歌が歌えるようになってきました。
2006年12月05日 09:39
加えてここ、1、2ヶ月、私たち以上に熱心な指導者を得て、にわかに活気付いています。
指揮者の力、感性に私たちみんなが反応して、毎回の練習にも熱が入ります。
立ちかたから始まって、呼吸法、発声・・・みんな一からの出発です。
練習の後は、みんな汗だく。
でもその結果が、確実に歌に反映されていることを誰もが実感しています。
指導は厳しく、要求水準も高いのですけれど、みんなが納得してついて行く。男性3人、女性7人の小さな聖歌隊ですが、それぞれこころざしを高く持って、努力する人ばかり。
 いつかきっと、30分40分のミサ曲を指揮したいと言う指揮者の野望も決して夢ではない、そんな大きな未来を予感させるすばらしい合唱になってきました。
nagisa
2006年12月05日 23:24
そうなんですか。すばらしいですね。
aostaさん、夢中になれる物があっていいですね。
情熱をかたむけていらっしゃる。そんな感じが読みとれます。
そして、みんなとの共同作業というのがいいですね。
2006年12月06日 00:15
◇nagisaさま

>aostaさん、夢中になれる物があっていいですね。
確かに好奇心だけはいつも一杯なのですが。
いろんなことに興味や関心を持って、首を突っ込むまではいいのですが、その後、にっちもさっちも行かなくなる・・・というパターンが多いような気がしています(笑)。

今回の合唱もついていくのに必死。

でも逆に、そうした緊張感が好きなのかもしれないとも思い始めています。
新しい何かを知ること、新しいことに出会えることは、私に取って、とても大切で必要なこと、わくわくどきどきしている時間がいいんです。



2006年12月08日 20:31
aostaさん、毎日練習なさっているのですか。
私も家で練習しなければならなくなりました。
aostaさんからみればやさしい曲ですが「いつでも何度でも」千と千尋の神隠しよりです。あと四つの動物の歌です。
もう1つの方はシニアのための世界名歌集から8曲です。
指導が厳しくないとだめかもしれません。
aostaさんが熱心の歌っている姿が浮かんで私も頑張ろうと思いました。
2006年12月09日 00:21
◇tonaさま

教会での練習は、さすがに毎日はありません。
でも個人的には、毎日。
移動中の車の中で、またお風呂の中で(笑)!

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