羽の折れた天使(?)・・・昔々のクリスマス

その昔、私が通っていたのはカトリックの幼稚園だった。
毎年、アドヴェント(待降節 クリスマス前の4週間)が近づくと降誕祭の聖劇の練習が始まった。

 その年のクリスマス。
シスターから配役の発表があった。
「はい。、みんな静かにしてね。誰が何の役をやるか発表します。
マリアさま、ユウコちゃん。ヨセフさま、ヒロミツ君。お星さま、ミワコちゃん・・・
・・・・・・・・・・・・・
後に残された役は、と言えば、三人の博士。天使。羊飼い。そして羊。
三人の天使役以外、みんな男の子の役なので、女の子たちの関心はない
(イエス様の役はさすがに幼稚園児といえども無理があって、どこかから借りてきた等身大の赤ちゃんの人形だった。)
 「なろうことならば、せめて天使さまの役を・・・」

祈りは聞き届けられ私はめでたく天使役に決まった。

画像


 聖劇の主役は、なんといっても、マリアさま。
子どもの私が見ても、彼女以外のマリア様は考えられないほどユウコちゃんは綺麗だった。
博士たちにキリストの誕生を知らせるお星さま役、額にキラキラ光る星をつけて登場するミワコちゃんも十分に魅力的な役柄だ。
同じ年のはずなのに一人大人びていた彼女は、お星さまにぴったり。
それでも私が、三人の天使たちの中でも、ただ一人セリフのある役であったということは、私の浅はかな自尊心を大いに満足させるものであった。

シスターたちの熱心な指導の下、周到に準備を重ね、とうとう『その日』はやってきた。
改まった装いの母親たちが席に付いてなにやらさざめくように話し声が聴こえてくる中、私たちは緊張した心持のまま、舞台袖で、カーテンが上がるのを待っていた。

そのとき。
一人の羊飼い役の男の子が緊張のあまりだろう、身体のバランスを崩して、こともあろうにわたしの方に倒れかかってきた。
とっさに、身をかわしたつもりではあったが、私の背中のボール紙で作った大きな羽は、いとも簡単に、直しようもないほど無残に折れ曲がった。

折れた羽を背負ったまま、頭の中は真っ白だった。
私はそのまま舞台に押し出された。
セリフはどこかに飛んでいってしまった。
頭の中は折れた羽のことで一杯だった。

恥ずかしくて、悲しくてカーテンが降りたとたん、私は声を上げて泣いていた。

ぎゅっと抱きしめてくださったのは、神父様だった。
「大丈夫。無事に終わりましたよ。
今日、一番神様から守られていたのは、あなたです。」

御ミサの時のろうそくの匂いがした、と思った
ろうそくが消えた後の、あの独特のにおいが私は大好きだった。
しゃくりあげていた泣き声がだんだん小さくなっても、私は神父様にしがみついたままだった。

この記事へのコメント

nagisa
2006年12月10日 14:48
昔々のクリスマス物語・・・続編はあるのでしょうか。
期待しております。

私は、仏教系の保育園でした。お寺が保育園を経営するのは、今も同じですね。家は、そのお寺の門徒です。
知らないうちに、「ののさま」の歌を歌い、仏壇の前に座る習慣が付きます。しかし、キリスト教のように深い信仰へとは結びついてはいきません。いわゆる無宗教だと思います。
でも、小さい頃に歌った仏様の歌は今でも歌え、意味がわかなくてもその時歌った歌詞は、今の心に響いていることがあります。
Stanesby
2006年12月10日 19:00
> 今日、一番神様から守られていたのは、あなたです。

いい言葉だなぁ。
よく覚えていましたね。寛政の頃の話しでしょ?
2006年12月10日 21:12
◇nagisaさま

>昔々のクリスマス物語・・・続編はあるのでしょうか。
特に「続編」は意識しておりませんでしたが、今回の記事を書いていて、「芋づる式」に(笑)、いろいろなことが思い出されてきました。
クリスマスの続編にはならないと思いますが、また何か書けたらと思っています。

私もキリスト教との関係が幼稚園だけで終わっていたら、今の私はなかったと思います。
 幼稚園のあとも日曜学校に通ったのは、半分は親に言われての義務でした。
中学校時代の3年間のブランクのあと、高校に入って、今度は自分の意志で教会に通うようになりました。
大学は選んだわけではなかったのですが、たまたま、ミッションスクールでした。ただこの大学はプロテスタント。
それまでカトリックの教会しか知らなかった私にとって、初めてのことが一杯でした。20年以上の紆余曲折を経て、カトリックで授洗してた私は、現在、プロテスタント教会の教会員です。

結果としてカトリック、プロテスタントの双方を知る機会を得たと言うことは、私にとって大きな幸せだったと思うようになりました。


2006年12月10日 21:36
◇Stanesbyさま 

ぎゅっと抱きしめてくださったのは、私が大好きだったお背の高いフレンチ・カナディアンの神父さまでした。
いつもニコニコと微笑を浮かべてらして、わたしたちの話を聞いたり、ご自分で話をされるときには必ず腰をかがめ、耳に手を当ててしっかり目を見てくださる方でした。 運動会の時には長いスータンの裾を翻しながら、思いがけない俊足で走られたこと、誰もいないお御堂で、一人跪かれ祈っていらした姿・・・言葉だけでなく、そうしたお姿は今でもしっかり脳裏に焼きついています。
大好きだった人の言葉は、寛政年間の記憶であろうとも忘れることはありません(笑)。
長じて後も、何回この言葉に励まされてきたことでしょう。
本当に心から生まれた言葉は年月を経ても、褪せることはありません。むしろ、ますますその輝きが増してゆくこともあるのだと思います。 
Stanesbyさんからも、沢山宝物のような言葉をいただいています。
ありがとう!!
2006年12月10日 21:50
◇nagisaさま、Stanesbyさま

お二人へのお返事を読み返してみて、なんだかがっかりしてしまいました。
どうしていつもこうした固いコメントになってしまうのかしら。
nagisaさんのマイペースな自由さ、Stanesbyさんのノリがうらやましくもあります。少し、修行した方がいいかも・・・


2006年12月11日 09:14
幼稚園のころの晴れの舞台の悲しい思い出、
牧師様にしがみついて泣いていらっしゃる可愛いaostaさん。
映画の一こまを観ているようです。
あのやさしかった神父さんは今もお元気なのでしょうか?
aostaさんにたくさんの栄養をくださったのでしょうね。
2006年12月13日 08:24
>固いコメント

らしくっていいと思いますよ。

どこぞの、毒入り林檎も魅力かもしれませんが。
2006年12月13日 10:07
◇tonaさま
おはようございます。  

おいくつだったのでしょう、あの当時ですでに壮年だったのかもしれません。良く響くバリトンで、幼かった私たちにフランス語の歌を教えてくださいました。釣りがお好きで幼稚園近くの諏訪湖で、よく釣り糸を垂れていらっしゃいました。 鎌倉の教会に移られてからの消息はしばらく伺う機会がないままでした。 高校に入ってしばらくして、ご病気でカナダにお帰りになられたこと、日本の信徒さんが待っているからと無理を押して再び日本に戻られ、亡くなられた事を知りました。

ジェームス・スチュアートに似てらした神父様、思えば、この神父様が私の「初恋の人」であったかもしれません。
2006年12月13日 10:31
◇Suzukaさま
ありがとうございます!!

>どこぞの、毒入り林檎も魅力かもしれませんが。
毒入り林檎にはなれないのですが、毒も嫌いではありません(笑)!

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