テーマ:教会

高森草庵のイースター

「さて、安息日が終わって、週の初めの日の明け方に、 マグダラのマリアともう一人のマリアが、墓を見に行った。」                        …
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ヤーコプ・ヨルダーンス 『聖家族』  

もう先月の話になってしまいましたが、松本市美術館で開催された国立西洋美術館所蔵作品巡回展に行ってきました。 サブタイトルには「神々と自然のかたち」。 ヨーロッパの美術をより深く理解する上で重要なのはギリシャ・ローマ神話とキリスト教であるとはよく言われることですが、今回の美術展のテーマも「神々と自然」という視点からの展開です。…
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スコットランドご飯と「八木節」?!

お隣の富士見町、自宅から車で15分ほどの距離にカトリック・ベネディクト会の修道院があります。 森の中の修道院で労働と祈りの共同生活を送る修道士のほとんどは、アメリカやアイルランドなど遠く海に隔てられた国々からやってきた方たちです。 この修道院で、地元、諏訪清稜高校古典ギター部のコンサートが行われるとを知ったのは、先日のメ…
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日本語で歌う「メサイア」 コンサート本番!

しばらく前に練習を覗かせていただいたメサイアのコンサートに行って参りました。 開演一時間前に会場に到着。 開場30分前には、玄関前に順番待ちの行列が・・・ やれやれ。 何とか最前列を確保することができ、サックスによる「アメイジング・グレイス」が静かに演奏されるのを聴きながら、開演を待ちました。 …
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偶然が行きつくところ (その2)

それから一年が過ぎ、移植も無事成功した年のクリスマス前、長男は退院した。 検査や定期的な治療のための入院はまだ必要だったが、少なくとも病院は、今までと違い目と鼻の先だった。 お隣の牧師家族には我が家の子供たちと年の近いお子さんが3人いらして、外遊びが出来ない長男や、必要以上に内気だった長女のよい遊び相手になってくれた。 …
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偶然が行きつくところ (その1)

私が一回見ただけでそのマンションに決めたのは、第一に病院に歩いていかれる近さゆえだった。 そして、もうひとつ。 マンションのとなりに小さな教会があったこと。 2歳で小児がんを発病した長男が長期の入院生活を余儀なくされて3年が過ぎていた。 彼は5歳になっていた。 もう再発の可能性はないだろうと言われた矢先の再発。 …
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「マリー・ノエルの祈り 」/ アドヴェントのともしび

もしも私が、 自分の自我という最も高い山に 登っていくのなら、 もしも、私が、 大地も、大気も、目も、耳も、 足も、手も、生活も、 何もかもかなぐり捨てて、 自分の魂の最も高い頂きに 留まろうとするのなら、 その時、私は神に近づいていることになるのだろうか。 天に触れる…
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『リーメンシュナイダーの世界』 植田重雄 ③ / ユダの変貌

「イスカリオテがイエスに似ているのがお分かりでしょう。」 早春のローテンブルクを訪れたこの本の筆者・植田氏は、リーメンシュナイダーの最大規模の彫刻と言われる晩餐祭壇の彫刻を見ていた際、一人の若い司祭に、こう、声をかけられた。 晩餐とは、言わずもがな、キリストの「最後の晩餐」である。 すでに自らの死を知っているキリストは…
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『リーメンシュナイダーの世界』 植田重雄 ② / 笛吹きハンス

リーメンシュナイダーとヴュルツブルク。 両者は一対どんな関係にあったのだろうか。 そしてなぜ、ヴュルツブルクは、恩人とも言うべきリーメンシュナイダーを、葬り去ろうとしたのか。 以下は本書の要約と、ごく若干の私感である。 16世紀中葉のヨーロッパにあってドイツは、イギリス、フランスのように中央集権の国家を持ち得なかった…
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『リーメンシュナイダーの世界』 植田重雄 ① / 発見

昨日今日と二日をかけて一冊の本を読んだ。 正確に言えば、もう随分前から部分的にではあるが繰り返し読み返してきた本でもある。 植田重雄著『リーメンシュナイダーの世界』。 昭和51年に上梓されたこの本は、その後まもなく絶版となり、20有余年を経て再版された。 この本を読み終えた時、私は果てしない旅から帰ってきたような疲労感ととも…
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”O magnum mysterium” / ボッティチェルリ「柘榴(ざくろ)の聖母 」

遥かな時間のかなた、西洋音楽の黎明から響いてきた、暖かな光りに満ちた音楽にすっかり心を奪われてしまいました。 アーリー・ミュージックに対する漠然とした興味と共感は、かなり以前から感じていたものでしたが、ブログでのやり取りを通じてNoraさんからいつも素晴らしい示唆を頂いているうちに、この時代の音楽をもっと聴きたいもっと知りたいとい…
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少し、marcelinoさんのこと・・・

先日飯綱のワイナリーを案内してくださったmarcelinoさん。 実は、お目にかかるのは今回が初めてでした。 もとはといえば一緒に行ったお友達のお友達。 所属する教派は違うのですが同じクリスチャン、ネットで知り合ったにもかかわらず、共通の知人がいたこともあってメールを交換するうちに一度会いたいね、という話になったのです。 …
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「人が呼ぶと、それはすべて、生き物の名となった・・・」 

毎朝、我が家の愛犬と一緒に自宅近くの雑木林の中を散歩します。 爽やかな朝の風とまだひやりと冷たい光を感じながら行く木漏れ日の小径。 太陽を求めて、空の高みまで梢を伸ばす樹々。 その下に広がっている艶やかな緑。 年毎に大きな株となって、存在を主張しているもの。 目を凝らさなければそれと気づかないような小さな蕾をいっぱいつけて…
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柳田邦男とマタイ受難曲

『私達が一日一日を平穏に暮らしていられるのは、この広い空の下のどこかで名も知れぬ人間が密かに自己犠牲を捧げているからだ。』     タルコフスキー 正しくは柳田さんの次男で故人の洋二郎氏と、マタイ受難曲というべきところかも知れません。 柳田邦男 『犠牲サクリファイス わが息子・脳死の十一日』 を読んだのは、もうずいぶん昔の話にな…
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ハレルヤ・コーラス!!

前回アップした塩尻での賛美集会は、全員で歌うヘンデルのハレルヤ・コーラスで幕を閉じました。 参加者は100人を越える集まり。 合唱経験などなく、むしろ、あの会場で歌うのが年に一度の楽しみという人たちが歌うヘンデル。 今年初めてこの集会に参加してハレルヤ・コーラスの指揮を任されたMさんに、戸惑いがなかったはずはありません。 会…
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小さな聖歌隊の大きな歌声が・・・

今日4月1日は、「棕櫚の日曜日」。 イースターを一週間後に控えた、キリストのエルサレム入場の日です。 私の住む八ヶ岳の麓の村から、車で一時間弱のところにある塩尻市で、 毎年恒例の「イースター賛美集会」が開かれました。 塩尻・松本を中心に、プロテスタントの諸教会が合同でイースターを祝おうというものです。 我が八ヶ岳中央高原キ…
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フォーレ『レクイエム』とミレー『春』 / 内在する希望

 フォーレの「レクイエム」が無性に聴きたかった。 どちらが好きと問われれば、モーツァルトのレクイエム、と答えるかもしれない。 だがしかし、フォーレでなければならないときがある。  ひたすら天の高みへと収斂していくモーツァルトではなく、凍えた冬の大地を潤し、春の目覚めへと誘う慈雨のようなフォーレのレクイエム。 そこには…
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歌う喜び、アルトの悩み

毎週、礼拝のあと行われる聖歌隊の練習。 四月はイースター礼拝に備えての練習のほか、イースター前に行われる賛美集会での歌、予定されている結婚式が二つ。 一体いくつの歌を歌うことになっているのか、見当も付かないまま練習に突入しました。 音取りも出来ない、楽譜もろくに読めない私はすっかりソプラノのつもりでした。 今までの経験でも、…
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『受胎告知』 / レオナルド・ダ・ヴィンチ 

先日20日から、東京国立博物館で「レオナルド・ダ・ヴィンチ展」がはじまりました。 あの有名なレオナルドの『受胎告知』が日本で見られるなんて、考えてもみませんでした。   『受胎告知』 若きレオナルドが、師であったヴェロッキオの工房から独立し、始めて完成させた作品にして、その後のレオナルドが目指したものの萌芽がすべて表現されて…
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J.S.バッハ『ミサ曲ロ短調』BWV232

 『我々が読むのは、我々が我々のみでいるのではないことを知る為である』 私たちは独りではない "We are not alone"・・・ イギリスの作家であり神学者でもあった C.S. ルイスの言葉である。 この言葉の後ろには人間存在としての「独り」という意味だけでなく、神があってこそ「人が在る」というキリスト教的認識がある。…
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シャルパンティエ 「真夜中のミサ」 4声合唱、リコーダーと弦楽器のための

 クリスマスはあわただしく過ぎていきました。 盛りだくさんのプログラムに加えて、娘の洗礼式もあり、私が何を準備すると言うわけでもないのですが気持ちが落ち着かないままアドヴェントが過ぎ、23、24、25日と連日聖歌隊で歌い、ブログに手をつける余力がありませんでした。  時期をはずしてしまうと、今更クリスマスの記事でもないかな・・・と弱…
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『主よ人の望みの喜びよ』 その3

木曜日の午後から、急に体調を崩して金曜日は一日ダウン。 土曜、日曜と二日続いて練習に出られませんでした。  クリスマスを来週に控え、練習も佳境にはいっていただけに、自分だけ取り残されたような気分。 練習が出来ない寂しさと一抹の不安・・・ せめて、ブログの中でだけでも練習の時のあの熱い気持ちを感じていたいから。 以前に教えて…
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『受胎告知』 / フラ・アンジェリコ

もう20年近く前の記憶である。 フィレンツェのサン・マルコ修道院で出遭ったフラ・アンジェリコの『受胎告知』。 数ある「受胎告知」の中でも、ダ・ヴィンチの作品と並んで最も知られた作品の一つかもしれない。 その絵は、薄明かりの中、階段を上がった正面の壁に描かれていたように思う。 左手から柔らかな陽が差し込む踊り場に立って、見…
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「樅の木」って・・・

クリスマスの色は赤と緑。 赤はキリストの受難の血の色、冬の間もその色を変えることのないの樅の木や柊の緑色とで、終わりのない循環である円をかたどったクリスマス・リースは「永遠の命」を表すものといわれているようです。 キリストが生まれた中東地方では樅の木も柊も、あまり一般的なものではありません。 常緑の木と言えばレバノン杉か棕櫚と…
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羽の折れた天使(?)・・・昔々のクリスマス

その昔、私が通っていたのはカトリックの幼稚園だった。 毎年、アドヴェント(待降節 クリスマス前の4週間)が近づくと降誕祭の聖劇の練習が始まった。  その年のクリスマス。 シスターから配役の発表があった。 「はい。、みんな静かにしてね。誰が何の役をやるか発表します。 マリアさま、ユウコちゃん。ヨセフさま、ヒロミツ君。お星さま…
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もう一度バッハ!『主よ人の望みの喜びよ』 <その2>

晴れ渡った夜空の真ん中で、冴え冴えと青い光りを放つ月。 それなのに何故か、雪が降っています。 白い雪が月の光の中で、浮き上がるように舞っています。  自宅を出た時は、まだ霙でした。 目指すは我が家から車で10分もかからない教会なのですが、標高差は300メートル。 少づつ標高が高くなるにつれて、霙はいつの間にか雪に変わっていきま…
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バッハ 『主よ人の望みの喜びよ』 / クリスマスに向けて <その1>

教会でクリスマスに向けての歌の練習が始まりました。 今回私たちが歌うのはバッハのカンタータ147番のコラール(賛美歌228番)。  上昇と下降を繰り返す美しい旋律を持ったこの曲を耳にしている人は多いことでしょう。 「主よ人の望みの喜びよ」という印象的な名前を与えられたこの曲、バッハのカンタータ147番のコラールに拠る合唱曲をピアノ…
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エヴァ / ゲントの祭壇画 :ファン・エイク兄弟

 前回アップしたアダム。 彼について書いたのだからエヴァのことも書かないわけにはいかないかもしれない、この人類最初の夫婦の物語を、片一方だけ書いて終わりにしては片手落ちというものかもしれない。  ということで、今日はエヴァについて。                     「ゲントの祭壇画」より「エヴァ」 創世記2章…
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アダム / ゲントの祭壇画 :ファン・エイク兄弟

 ゲントは、ブルッセル、アントワープに次ぐ、ベルギー第三の都市。 「花の街」とも呼ばれる古い都です。 この街で一番有名なもの。 それは多分、兄ヒューベルトの死後、弟のヤンが制作を引き継ぎで完成させ、15世紀ネーデルランド絵画の代表する作品となった『ゲントの祭壇画』ではないでしょうか。            ファン・エ…
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賛美歌とヘンデル

 私がよくお邪魔するブログで、ヘンデルのオラトリオ「ユダス・マカベウス」のなかの曲「見よ、勇者は帰る」が、すばらしい合唱で賛美歌130番としてアップされていました。 普段、キリスト教会に足を運んだり、賛美歌を聴いたりする機会のない人でも、この曲は必ず耳にされたことがあるのではないでしょうか。  そう、表彰式や卒業式などに使われるあの…
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