テーマ:読書

「ガリヴァーウエファース」顛末記

神奈川県は横須賀まで、「ガリヴァーウエファース」の公演に行ってきた。 ご一緒させていただいたのは、前回、森のおうち「お話の会」で「水仙月の四月」の朗読をなさったSさん。 この「お話の会」を指導されていた故草薙幸二郎さんのつながりでご縁をいただいた伊藤哲哉さんの一人芝居だ。 このポスターは以前ほかの場所での公…
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『水仙月によせて』 / 森のおうち お話の会

久しく連絡を取っていなかった友人から手紙が届いた。 まつもと市民芸術館で行われる朗読会のお知らせだった。 3月に入ってから何かと気ぜわしく落ち着かない毎日に、なんとなく心が萎えていた。 プログラムはと見れば、私の好きな小川未明、そして宮澤賢治。 気持ちが動いた。 久しぶりに彼女の笑顔を見たかった。 エネルギーをも…
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キューブラー・ロスからシュタイナーへ

前から気になっていたエリザベス・キューブラー・ロス(1926~2004)の自伝「人生は廻る輪のように」を、昨日やっと読み終えた。 その間、ずっと感じていたのは、今読むべき本を読んでいるという上気する高揚感だった。 キューブラー・ロスは代表作とも言うべき著書「死ぬ瞬間」によって、従来の死の概念を変えたとも言われている精神科…
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みどりの黒髪、ぬばたまの闇、そして墨いろ

「本当に真っ黒な髪ですね。」 どこの美容院に行っても必ず言われる言葉。 昔から一度も染めたことのない髪は確かに黒い。 若い頃は黒くて真っ直ぐな髪がいやだった。 明るい髪色でふうわりと軽いウェーヴに憧れたこともあった。 しかしながら黒いだけでなく、頑固に真っ直ぐな髪を扱いかねて、十年一日がごときのボブスタイル。 「…
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原田康子『挽歌』と ヴィヴァルディのト短調

原田康子の「挽歌」を読んだのは10代も始めの頃だった。 その時点ですでに、「かつてのベストセラー」という感覚で読み始めたのも確かである。 翻訳ものの、それも古典ばかりを読んでいた当時の私は、ベストセラーなるものにほとんど興味はなかったのだが・・・ ある晩のこと、何の気まぐれか、見るつもりの番組もないままテレビのスイッチを入…
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「そのうす青き玻璃(はり)の器に」 宮澤賢治 

雨が霙に変わってくると 雨が霙に変わってくると 室(へや)はよどんで黄色にくらく 仰いでさびしく息すれば おおまた 左肺よ 左肺のなかに にごったルビーの西燈(ランプ)がともる そのうす青き玻璃の器に そのうす青き玻璃の器に しづかにひかりて澱めるは…
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「見る」こと 「見える」こと

野分けのあと、裾野の紅葉と、真っ青な秋晴れの空の下で、八ヶ岳の山頂は真っ白な雪を戴いています。 山麓での冷たい雨は、山の頂で白く清浄な雪となって降り積もっていました。 この風景を見ると、いつも思い出す会話があります。 6年くらい前になるでしょうか。 映画化されてから、名前が知られるようになった「ナルニア国…
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『リーメンシュナイダーの世界』 植田重雄 ③ / ユダの変貌

「イスカリオテがイエスに似ているのがお分かりでしょう。」 早春のローテンブルクを訪れたこの本の筆者・植田氏は、リーメンシュナイダーの最大規模の彫刻と言われる晩餐祭壇の彫刻を見ていた際、一人の若い司祭に、こう、声をかけられた。 晩餐とは、言わずもがな、キリストの「最後の晩餐」である。 すでに自らの死を知っているキリストは…
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『リーメンシュナイダーの世界』 植田重雄 ② / 笛吹きハンス

リーメンシュナイダーとヴュルツブルク。 両者は一対どんな関係にあったのだろうか。 そしてなぜ、ヴュルツブルクは、恩人とも言うべきリーメンシュナイダーを、葬り去ろうとしたのか。 以下は本書の要約と、ごく若干の私感である。 16世紀中葉のヨーロッパにあってドイツは、イギリス、フランスのように中央集権の国家を持ち得なかった…
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『リーメンシュナイダーの世界』 植田重雄 ① / 発見

昨日今日と二日をかけて一冊の本を読んだ。 正確に言えば、もう随分前から部分的にではあるが繰り返し読み返してきた本でもある。 植田重雄著『リーメンシュナイダーの世界』。 昭和51年に上梓されたこの本は、その後まもなく絶版となり、20有余年を経て再版された。 この本を読み終えた時、私は果てしない旅から帰ってきたような疲労感ととも…
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『ツクヨミ(月読命) 秘された神』 / 戸矢学

「その光は彩しく(うるわしく)して日に亜げり(つげり)。」 その光の輝きは日に次ぐものなので、日と並んで統治すべきとして天に送られた月読命(ツクヨミノミコト)は、太陽の神である天照の兄弟神として、イザナミの右の目から生まれた、と古事記にあります。 ここに左の目を洗ひたまふ時に成りませる神の名は天照大神 次に右の目を洗ひ…
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惑星の音階 / 上尾信也 「歴史としての音 」 柏書房

ルネッサンスの大天文学者として知られるケプラーは、時代の先駆者であると同時に、中世的な宇宙観、音楽観の継承者でもありました。 ケプラーは天空で輝く惑星は、みな固有の音域を持ち、そえぞれの惑星のハーモニーが天体の音楽として、鳴り響いていると考えていました。 1619年に著された「宇宙の調和」の中に、具体的な惑星の音階という形で彼の…
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私の宝物 (その1)

引越しのたび、一番の荷物は本とCDだった。 箱に詰めるのも、引っ越した先で箱を開くのも、この子たちが一番最初。 初めての場所でも、大好きな本とCDに囲まれているかぎり落ち着いていられる。 とは言っても、年々増え続けるばかりの本とCD。 書棚からあふれて床に平積みになっている本や、行き場所がなくて段ボール箱に入ったままのCDは…
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「音楽家のオフステージ」 / 木之下晃写真集から

去年の春、近くの市民館で開催された木之下さんの写真展で購入した一冊の写真集。 "Maestros off stage" 「音楽家のオフステージ」 ステージ上での緊張から開放された素顔の音楽家たちの表情豊かな写真はどれもみな魅力的ですが、中でも私が好きな写真は、表紙にも使われているいるメニューイン夫妻のショット。 ユ…
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 D・デュ・モーリア 『レベッカ』 / 赤い石楠花の庭 

「レベッカ」と言えば、原作の小説よりヒッチコックの映画の方が有名かもしれない。 そしてもちろん、私もこの映画は大好きで何回も繰り返し見た作品でもある。 まだ初々しいジョーン・フォンテーンとローレンス・オリヴィエ主演のラブ・サスペンス。 身寄りも財産もない主人公「私」は思いもかけない偶然で英国の名士マキシム・デ・ウィンターと出会…
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柳田邦男とマタイ受難曲

『私達が一日一日を平穏に暮らしていられるのは、この広い空の下のどこかで名も知れぬ人間が密かに自己犠牲を捧げているからだ。』     タルコフスキー 正しくは柳田さんの次男で故人の洋二郎氏と、マタイ受難曲というべきところかも知れません。 柳田邦男 『犠牲サクリファイス わが息子・脳死の十一日』 を読んだのは、もうずいぶん昔の話にな…
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本屋さんで考えました

突然特定の本が読みたくなって我慢できなくなることってありませんか? 図書館に行くのももどかしく、まずは本屋さんに駆けつけて在庫を確認したいとき。 店頭にあればそれが一番早い!のですが・・・ 最近の本屋さん、それもかなり大きな本屋さんであっても、メインは売れ筋の本や雑誌ばかりが平積みになっています。  私が読みたい本、探してい…
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武満徹のこと

 しばらく前、私がよく伺うブログで武満徹の歌が話題になっていました。 思っても見なかったシンプルで美しい旋律は、谷川俊太郎の詩とあいまって私にいくつものドラマを経験させてくれました。難解な「現代音楽」の作曲家ではない、もう一人の武満徹という人の音楽と顔を見たような気がしたのです。  今までの私にとっての武満は、「読むもの」であって「…
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読書の覚書。そして、「そうだったの?」

今読んでいる本。 鍵盤奏者、武久源造さんの『新しい人は新しい音楽をする』アルク出版企画。 気になった言葉に線を引きながら読んでいる。 読書の際、2Bの鉛筆と定規は私にとって必需品だ。 『文字が発明される以前、人から人への主な情報伝達手段は、遺伝子による親から子への進化の継承を別にすれば、声や音楽による音の記憶であり、石器や土…
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『てふてふが1匹 韃靼海峡を渡って行った』

『てふてふが1匹 韃靼(だったん)海峡を渡って行った』 この詩とも俳句ともつかないたった一行が持つイメージの鮮烈さはなんだろう。 蝶々と読ませる、この「てふてふ」という平仮名の持つ視覚的イメージは蝶の羽ばたきそのものを喚起させる。 死期を間近にしていた、詩人安西冬衛の「春」という1行詩だ。 韃靼海峡とは、アジア大陸とサハ…
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『リリー、モーツァルトを弾いてください』 多胡吉郎著/河出書房新社

リリー・クラウス。 稀代のモーツァルト弾きとして知られたこのピアニストの名前は、早くから私にも記憶されていた。 ケンプやバックハウスらのレコードとともに、実家のささやかなレコードラックの中にあった一枚のその女流ピアニストは黒目勝ちの、柔和でありながら強い光りを宿す視線が印象的なジャケットであった。  ハンガリーで生まれ…
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読み聞かせの涙

 あれは引越す前の記憶だから、まだ小学校もかなり低学年の頃だったことに間違いはない。 小さい頃から、母は私達が眠る前に、本を読んでくれるのが常だった。 グリムやアンデルセンから始まって、「クオレ」や、お子様向け「アラビアン・ナイト」、「シェイクスピア物語」・・・ 自分で読める本でも、「読んでもらう」という楽しみは「読む」楽しみとは…
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衝動買いの本たち

普段、スーパーの棚の前で、5円、10円の違いに頭を悩ませている私が、本やCDを買うとなると、とたんに人格が変わる。  例えば洋服や靴であるならば、「手持ちのもので何とか我慢!」などと殊勝にも思ってみるのだが、これが本またはCDとなると、「特別会計」状態(笑)。 毎年雪深くなるこの季節、何冊かの本またはCDを抱え込んでストーブの前…
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買うべきか、買わざるべきか・・・

今日、娘に付き合ってY電気に行ってきました。 目指すはDVDコーナー。 往年の名画が500円から出ているのにびっくり。 こんなに安くなっているんなら借りるより買った方がいいかも、とあれこれ物色。 懐かしのミュージカル「ショウ・ボート」ハワード・キールに胸をときめかしたのは小学生の頃。 たしかNHKで見た記憶。 モンローが…
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思い出の本の手触りは・・・

 最近の本で物足りなく思っていること。 あれやこれやいろいろあるのですが、そのひとつに、魅力ある装丁の本があまりにも少ない、ということがあります。 ぴかぴかした光沢紙のカバーが一枚。 それもたいていの場合写真が使われています。 で、そのカバーをはずしてみれば何の変哲もない無愛想な無地の表紙。 箱入りの本など、ほとんど見るこ…
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『供述によるとペレイラは・・・』 ペレイラの冒険 / 「あるたましいの復活」

アントニオ・タブッキ。 このイタリアの作家を私は知らなかった。 94年秋、イタリアのもっとも重要な文学賞のひとつといわれるヴィアレッジョ賞を受賞したこの小説の翻訳者が、私がもっとも敬愛する作家のひとりである須賀敦子でなかったとしたら、おそらく手に取ることもなく、意識の外側を通り過ぎていった名前かもしれない。 舞台はリスボン。 …
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どこかに置き忘れてきたもの  中桐雅夫 『足と心』

「海はいいな」と少年はいった、 「そうかしら、わたしはこわいわ」と少女が答えた、 少年はほんとうに海が好きだったが、 少女のこわかったのはなにか別のものだった。 それからふたりの足はとげのうえを歩いてきた、 ふたりの心もとげのうえを歩いてきた、 やがて足も心も厚くなって、 とげもどんな鋭い針も通らないようになった。 …
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堀辰雄 『曠野(あらの)』・・・ある「王朝の愛」 

涼やかな秋の風が立ち始める季節になると思い出す、一冊の本。 堀辰雄の「曠野」。 「かげろふの日記」「姥捨」など、かつての王朝時代の物語を下敷きとした「古典の再創作」とでも言うべき一連の作品の中で、私がもっとも愛するのは、この「曠野」である。  決して裕福とはいえないながらも、両親の寵愛を一身に集めて美しく成長した娘は、一人の兵…
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私の好きな『薔薇の本』

昨日のブログでもアップしたグレイ・パール。 なんて美しい薔薇でしょう! 私にとって、昔から、ばらには「薔薇」という漢字のイメージしかありませんでした。 「薔薇」と言う字を見るたびに、漢字の美しさにほれぼれしてしまいます。 画数の多いこの文字は、そのまま幾重にも重なった薔薇の花びらを思わせます。 単に「音」だけしかあらわすことの…
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今日は不思議な日 / フェルメール「真珠の耳飾りの少女」

 不思議な偶然が重なることがある。 今まで、ずっと連絡を取らなかった人・・・ 連絡しても、連絡がつけられなかった人・・・ 何か絡み合っていた糸がするするとほどけて行くように、隔たっていた距離が突然近づいて来る。    ひさしぶりに仕事が無かった今日の午前中、予想もせずに繋がった一本の電話。 そして、一度お目にかかった…
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