「黄金の川の王様」  そのほか・・・

 先日のブログの中でミダス王の名前がでてきましたよね。
そこから思い出した、一冊の本がありました。
 J.ラスキンの「黄金の川の王様」
最初思い出したのは、「金の川の王様」というタイトル。
何故か作者は、サッカレイだと思い込んでいました。
何べん、インターネットで検索してみても、「サッカレイの金の川の王様」はヒットしません。
 多分、小学生も低学年のうちに呼んだ本。
ストーリは定かではありませんが、手に触れるもの全てが黄金に変わる不思議な力を授かった王様のお話です。
黄金が大好きな王様は、何でもかんでも黄金に変えてしまおうと、有頂天になってありとあらゆるものを金に換えていくうちに、父親の胸に飛び込んできた最愛の娘まで、はずみでもの言わぬ金に換えてしまいました。
 嘆き悲しんだ王様は・・・・

ね?これってミダス王の物語が下敷きになっていますよね。
それにしても、どういう勘違いでサッカレイの作品だと思い込んでいたのでしょう?
確かにサッカレイの「薔薇と指輪」もまた私のお気に入りの童話でした。
 でも、ストーリーは全然違うもの。
ふと思いついて「金の川」ではなく「黄金の川」と入れてみたらすぐにみつかりました。
そこで作者を間違えていたことに気づいたというわけです。

ラスキン・・・19世紀英国の美術批評家、地質学者。社会思想家。ナチュラリスト。詩人―。
サッカレイやルイス・キャロル、ジョージ・マクドナルドといった英国のファンタジーの草分けとも言うべき人々の一人です。
 突然、思い出した!
「水の子」若しくは「水の子トム」この本にも同じ時代の匂いがします。
書いたのは確かキングスレー・・・・

 それにしても、このラスキンといい、W・モリスといい、この時代イギリスにはどうしてこんなにもマルチな人間が揃ったのかしら?

イギリスのファンタジーではありませんがシュトゥルムの「雨ひめさま」。
シュティフターの「石さまざま」のなかの「水晶」
これらも、私には忘れられない物語。
いつか、何か書いてみたい。
忘れないために、ここにメモしておきましょう・・・

この記事へのコメント

TAO
2013年06月09日 12:46
ラスキン「金の川の王様」は「手に触れるもの全てが黄金に変わる不思議な力を授かった王様のお話」ではありません。ぜひ本を再読なさってください。私も約55年前の記憶でさだかではありませんが、強欲な2人の兄をもつ少年が主人公で、兄らが教会の聖水を川にたらすと金の川になるというような妄信妄動のあげく滅ぼされ、最後の章は「たからの谷」となっていて、少年が黄金ではなく肥沃な土地に導かれるというようなものだったと思います。大雨をもたらす魔法使いのような小さいおじいさんも出てきましたね。「岸なみ」訳というのは憶えています。手元に本がないのが残念です。
2013年06月09日 14:04
◇TAOさま

もう更新されないままのブログをお読みいただいたばかりか、私の勘違いをご指摘いただきました事、ありがたくまた恐縮に存じます。
遠い昔に読んだ本、記憶が定かでないまま、確認することなしに文章にしてしまった軽率を悔やむばかりです。こうしてコメントへのお返事は差し上げられるのですが、実は既にこちらのブログの管理画面には入ることが出来ない状況です。したがって本来であれば訂正、若しくは削除すべき内容であるのも関わらず、手の打ちようがございません。
恐らくはラスキン、若しくはこの時代の英文学に造詣の深い方であられるTAO様のみならず、それと知らず検索していらっしゃる方に御迷惑、御不快の念を生じさせてしまっただろうことを思うと、真に申し訳ない気持ちでいっぱいです。先ほどamazonで、この本の取り寄せ手配をいたしました。手元に本が届き次第、熟読し、改めて「黄金の川の王様」の記事を書き直させていただきます。ただ先ほども説明させていただきました通り、こちらのブログでの更新は不可能です。現在は「消えがてのうたPart2」として継続中のブログでアップさせていただきますこと、お許しくださいませ。新しいブログのURLを添付いたしましたので、(いつとは確実にお約束できないのがもどかしいのですが)お時間がある時にご覧いただき、不備がございましたらどうぞご指摘くださいませ。

最後にもう一度、お詫びと感謝の言葉を申し上げます。
今後このような軽率なことが無きよう、心がけるつもりでおります。
本当にありがとうございました。
TAO
2013年06月09日 14:06
思い出しました。主人公の少年の名は「グルック」です。あと、その確か講談社版の挿絵がとてもよかったのを憶えています。誰の絵だったかわかりません。
2013年06月09日 14:21
◇TAOさま

早速のお返事、ありがとうございました。主人公の少年の名前はグルックだったのですね。わたしも昔読んだ本の挿絵や本そのものの装丁、手触りなど懐かしく思い出すことがあります。講談社、偕成社など、子ども時代に親しんだ本をもう一度手にすることが出来れば、と古書店でさがしたのですが、見当たりません。たまにあってもびっくりするような値段が付いていて、諦めるしかありませんでした。あの頃寝食を忘れて読みふけった物語の数々・・・あの本たちを手放してしまったことが本当に悔やまれます。
TAO
2013年06月10日 21:10
aostaさま 昨日来記憶の小さな断片が少しずつ時に鮮やかによみがえってきます。aostaさまのブログのおかげです。なぜそこへ辿り着いたかと申しますと、先日Youtubeでブルグミュラーの子どものためのピアノ曲を、これも何十年ぶりかで聴いておりました。その中に「スティリアの女」というのがあるのですがこの「スティリア」の谷というのは確か「金の川の王様」に出てくる「たからの谷」のことではなかったかという遠い記憶が浮かび上がり、それを確かめようと入ったネットの森の入り口で見つけたのでした。その後の彷徨の中で、やはりドイツのスティリア地方の伝説をもとにラスキンが創作したものだということがわかりました。(知の木々舎ブログ) なお私が読んだのはおそらく講談社世界名作童話全集1954で挿絵は茂田井武です。(1956年に亡くなっていますが、この人が描いた「セロひきのゴーシュ」は今でも書店で見かけますね。)でもこの講談社版はネットでは流通していないようです。ざんねん!
2013年06月11日 06:05
◇TAOさま

遠く過ぎ去った時間の中の記憶の断片は、懐かしくまた甘い痛みをともなってから少しづつよみがえってきます。どんな小さな思い出もかけがえなく大切で、特別な彩りを持っているのは、それが既に喪われたものであるからなのでしょうね。

ブルグミュラー、講談社世界名作童話全集
この二つもまた、魔法の言葉のように、私をかつての子ども部屋へと連れ戻してくれました。子ども部屋と言っても、西日の入る小さな和室で、妹や弟と一緒に机を並べていたのです。学校から帰るなり、借りてきた図書館の本をランドセルから取り出して、自分の机の下にもぐりこみ(そこが一番落ち着く場所だったのです・笑)夕食に呼ばれるまで読みふけった時間。夕日が反射して蜜柑色に光っていた畳や、乾いた匂い、外遊びから帰る子どもたちの歓声など、が一度に思いだされました。講談社名作全集では「ニルスの不思議な旅」や「せむしの子馬」を読んだ記憶があります。

僭越ではございますが、ブルグミュラーの「25の練習曲」主人がリコーダーで演奏しております。残念ながら「スティリエンヌ」はございませんが、URLを添付させていただきましたので、ご興味がありましたら、御一聴くださいませ<(_ _)>

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