グルダ 『グルダ ノン・ストップ』

「現代世界はジャズを求めているのであって,死んだ作曲家たちではない」
フリードリヒ・グルダ(1930~2000)

37才にして伝説的な名演奏と言われるベートーヴェンのピアノ・ソナタ全集を録音し、バドゥラ・スコダ、イェルク・デムスとともに「ウィーンの三羽ガラス」と呼ばれたフリードリッヒ・グルダ。
彼はこの言葉を残してクラシック音楽界を去った。
 去った、という言い方はグルダにとって不本意な言い方であるかもしれない。
彼はただクラシック、だとかジャズだとかそういった表面的な音楽の区別(差別?)や音楽の世界のしがらみを厭い、自分の音楽を自由に羽ばたかせたかっただけなのだろう。

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彼のピアノには独特の音があって、一度聴いたら忘れることができない。
 例えばモーツアルト。
まるで、透き通るまでに磨き上げられたガラスから差し込む光のような明晰で輝かしい響き。
全ての塵芥が濾過されたかのようなその音色、弾むように闊達な、しかし正確無比なそのリズム。
ベートーヴェンはと言えば、類稀なテクニックと芳醇な感性とがデーモニッシュなまでに一体となって聴くものの感情を虜にする。
心臓は彼のピアノとともに、激しく優しく鼓動を繰り返すだけだ。
我に返ってその音楽の残響のような余韻に身体をまかせるとき、なんともいえない至福感にみたされている・・・それがグルダの音楽。

「グルダ ノン・ストップ」
 1993年ミュンヘンでのライヴ録音。
彼自身の自作曲で始まるこのアルバムは、彼が目指したすべての音楽の融合した喜びにあふれている。
モーツアルトも、ドビュッシーも、ショパンもその生命力がいきいきと息づいている。

グルダと、夫人である日本人ジャズ・ピアニストとの間に生まれた一人息子、リコのために作曲された「フォー・リコ」。
楽しげに、快活に、何かわくわくするような予感に満ちた踊るような旋律とリズムはまさにグルダそのものだ。
同じく自作の「アリア」。
この旋律の美しさはどうだろう。
特に中盤からの憂愁に満ちたメロディー。
何かに絶えず憧れて、そこに到達しえない憂いが揺らぐように立ち上がってくる。
 そしてショパンの「舟歌」。闊達で健やかな美しさ。切れのいいリズム。
ここで聴くのはもはやグルダの「舟歌」でさえない。
あたかも一つの命を持ち自律的に発動する音楽。
ひとつひとつの音とテンポの揺らぎは、確かにグルダ特有のものであるにもかかわらず、そこにはショパンの熱い想いそのものが、何の装いも必要とせずに紡ぎだされてくる。

ヨハン・シュトラウスの歌劇「こうもり」からの二曲。
「ウィーン子」であるグルダの面目躍如といったところである。
解き放たれた自由の喜びが奔流のように沸き立つかのようだ。
優雅にたゆたいながら、そして洒脱に、なんと楽しげに快活に流れていくことか。
喜びで動悸がしてくる。

この曲集でグルダが演奏する曲は、まるで区別のない一続きの大きな音楽として聞こえてくる。
クラシックでもないジャズでもないフォルク・ローレでもない。
音楽そのものが本来持っていた、生き生きとした魂の表現としての音楽。
好奇心とサプライズに満ちた音楽の喜び。
論理やテクニックだけに縛られるのではない、生きている息遣いを感じさせる音楽がここにはあるように思う。

『グルダ ノン・ストップ』
これはなんと象徴的な名前のアルバムだろう。
彼はとどまることを知らなかった。
彼と、彼の音楽はいつまでも「完成」しなかった。
絶えず、変容を続け、立ち止まることを良しとしなかったグルダにこそふさわしいアルバム・タイトルである。

ノン・ストップ
ノン・ストップ

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この記事へのコメント

Stanesby
2006年12月29日 08:14
> 論理やテクニックだけに縛られるのではない、生きている息遣いを感じさせる音楽がここにはある...

お、久々のブログですね。

引用部分、全くその通りだと思います。
私は、クラシック音楽が大好きですが、その前に音楽が大好きです。
クラシック界の重鎮やプロの一部の音楽家からしたら、グルダのピアノ演奏は「クラシックじゃない」というでしょう。でも、紛れもなく、人を感動にいざなう「音楽」だと思います。もちろん、彼の論理やテクニックを否定するものではありません。むしろ賞賛に値します。

クラシック音楽に拘るピアニストでは、グルダのような弾むジャズ・ピアノは弾けないでしょうね。
2006年12月29日 17:27
◇Stanesbyさま
>私は、クラシック音楽が大好きですが、その前に音楽が大好きです。

これはまったく私も同じです。
クラッシクのみならず、ロックもポップス、ジャズも聴きます。
好きと言うだけの私にとって、音楽は全身で感じるもの。
もとより「論理」はありません(笑)。

グルダの「ジャズ」は最高です。
身体の隅々まで、彼のピアノの音が染み渡って心が喜ぶのです。
彼にあるのは純粋な音楽の喜びなのですね。
モーツァルトもベートーヴェンも彼にとってはクラシックではないのかもしれません。ジャズもジャズではないように。
ちょびママ
2006年12月30日 01:13
音楽、特にクラッシックに疎い私ですが、言葉の魔術師であるaostaさんの説明を聞くと非常に興味を惹きます。
それは音楽と同じようにaostaさんの言葉にも魂を揺さぶる力があるせいかもしれません。
aostaさんと知り合えて良かったです。
少しずつですが興味を持った音楽に耳を傾けようと思います。
来年もヨロシクお願いします。
良いお年を!
Stanesby
2006年12月31日 20:17
お世話になりました。
  来年もお世話になります。
      よい年になりますよう。
                   Stanesby
2007年01月01日 14:37
◇ちょびママさま

年が改まってのお返事になりましたこと、お詫びいたします。
「言葉の魔術師」かどうかは、甚だ怪しいaostaですが、何を表現するにしても、伝えるにしても、「言葉」という手段しかない私にとって、ちょびママさんのお言葉には、とても励まされます。

ぱっと見ただけで言葉に尽くせない多くのものを伝えることの出来るちょびママさんのお写真の感性を、うらやましいと思うこともありますが、私に与えられたものをこそ愛したい。
 どうか言葉の足りないところは、お許しください(笑)

今年も、どうぞよろしくお願いいたします。


2007年01月01日 14:43
◇Stanesbyさま

私がブログを開設して以来、何かアップすれば必ずコメントを下さる
Stanesbyさんのあたたかいお言葉に、どれだけ励まされてきたことでしょう。
また、音楽への深い理解と見識ほんとうに尊敬しております。

いたらない私ですが、この一年もよろしくお願いいたします。




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