消えがてのうた

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zoom RSS 雨と霧の朝の リパッティ

<<   作成日時 : 2007/10/08 11:15   >>

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冷たい霧が樹々をめぐる雨の朝、聴きたかったのは、リパッティ。
清浄で気品のある彼のピアノの音色が恋しかった。

レオンハルトは、バッハをピアノで演奏することに批判的だけれど、
そして私もその言葉に大きく同意する者でもあるけれど、チェンバロとピアノという、似て非なる楽器によるバッハの演奏の中で、私がもっとも愛するバッハが双方共にピアノの演奏である、ということは、思えば不思議なことである。

リパッティとグールド。
けれども、今朝はリパッティで。

画像



この「ピアノ小品集」は、1943年〜50年にかけて録音された演奏を集めたもの。
最近のノイズ・キャンセルの技術は目を見張るものがあって、かつてのSP盤やLP盤のノイズはほとんどの場合すっかり綺麗になっているのだが、この「小品集」に限ってはSPのノイズがそのまま残されている。
私にはむしろそれが嬉しい。


まずバッハから。
 「主よ人の望みの喜びよ」「シチリアーナ」「イエス、わたしは主の名を呼ぶ」

いずれも静謐で暖かな光にみちている。
悲しむ魂のひとつひとつに、ぽおっと小さな灯りを点していくような慈しみと慰めに満ちたバッハ、
祈りがそのまま結晶して音となり音楽になったようなバッハ。
リパッティの弾くピアノの音は、清明だが決して軽くはない。
むしろ重すぎる何かを確かめながら、
静かに穏やかにひたすら高みへと登って行く足取りにも似ている。
そして「イエス、わたしは主の名を呼ぶ」に至っては切々と繰り返されるバッハのイエスへの想いが、リパッティの想いと音楽そのものとなって私たちの心と身体を包み込む。
溢れる涙は浄化されて、喜びなのか悲しみなのか、それともその両方なのか、何かひとつ違う次元へと導かれたような開放感の中で、私は静かにたゆたっている。



そしてラヴェル。
「道化師の朝の歌」

煌らかで清潔、気品に満ちた美しい音。
内省的な響きで聴かせたバッハとはまた違う表情をしたリパッティがいる。
晴れやかに、楽しげに、粒立つピアノは乱反射するな朝の光。
ラヴェルらしい洒脱な雰囲気。
スペイン風のリズムと旋律は何処かノスタルジック。


窓の外は渦巻く霧。
すべての景色は紗をかけたようにぼんやりと朧に眠っている。
けれど、リパッティのピアノの響きは光のように溢れている。


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ディヌ・リパッティ  「ブザンソン告別演奏会」
「一本の矢がはなたれた。矢は尋常ならざる速さで空をめざした。・・・矢はさらにさらに高い空をめざして飛びつづけるはずであった。誰もが、そう信じたし、そう期待した。」 ...続きを見る
消えがてのうた
2007/10/09 11:27

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コメント(8件)

内 容 ニックネーム/日時
こんにちは。
朝から素敵なディスクを聴かれたのですね。リパッティのバッハは考え抜かれ練られた音楽で楽器の別を超越したものに思えます。最近、伝記が出版された影響なのかディスクを見かけることが多くなりました(全集であれば以前から手に入ったものばかりですが)。
24hirofumi
2007/10/09 12:56
今日は一日霧が出ていました。気温も低かったですね。
aostaさんにならってリッパティをききました。窓の外の霧を眺めながら聞くバッハ、しみじみといいですね。
先日のシュッツを手に入れました。ゆっくりと聴きます。
森の生活
2007/10/09 18:54
◇24hirofumiさん

>リパッティのバッハは考え抜かれ練られた音楽で楽器の別を超越したものに思えます

リパッティの音楽を聴いていると本当にそう思います。
特にバッハ。リパッティの音楽に囚われたまま、魂は不思議な旅を経験するようです。
リパッティの伝記、私も注文しました。
彼ほど伝説に彩られたピアニストはいないでしょうに、今までちゃんとした伝記がなかったことがむしろ不思議ですね。早く入手して読みたいと思います。


確か24hirofumiさんはリパッティの全集をお持ちなのでしたね。


aosta
2007/10/10 07:20
◇森の生活さん

コメントありがとうございます。
これから霧が深くなる季節ですね。
リパッティをお聴きになられたとのこと。緩やかに流れていく霧、ふっと視界が開けたと思うまもなく再び閉ざされていく世界・・・
心静かに音楽を聴くには本当にぴったりです。
シュッツもどうか森の生活さんの心に響きますように。
aosta
2007/10/10 07:26
 こんにちは。
 aostaさんの文章で、初秋の高原の、霧深い朝の雰囲気を味あわせていただきました。いつもありがとうございます。
 リパッティ、わたしにとっては、それこそ霧のかなたに遠くかすんでいるような、はるかな存在です。

> レオンハルトは、バッハをピアノで演奏することに批判的だけれど、
そして私もその言葉に大きく同意する者でもあるけれど、

 批判的どころか、彼の頭の中には、そもそもピアノというものは存在していないと思います。(笑)
 でも、aostaさん、グールドやリパッティなど、「特別」な人以外のピアノによるバッハも、なかなかすてきですよ♪
Nora
2007/10/10 13:14
aostaさんの記事に合わせたわけではなかったのですが(笑)、偶然カンタータBWV147の話題で書いていたところです。
Papalinさんの過去記事を拝見させていただいていたのですが、非常に速い演奏(何と1分59秒という古楽器による演奏です。)を聴いたものですから、テンポが気になっていたところでした。
それで調べる中でリパッティの演奏も出てきたので聴いてみたいなあ・・・と思っていました。
aostaさんの素敵な文章でますます興味が湧きました。
Cecilia
URL
2007/10/11 11:15
◇Noraさん
 こんにちは!

>彼の頭の中には、そもそもピアノというものは存在していないと思います

ごもっとも!!
レオンハルトさん、ご自分ではバッハの時代と同じか、それに近い生活をしていらっしゃると聴いたことがあります。
バッハの音楽に共感するため、理解を深めるためということだそうですが、いろいろな意味ですごい人なのだと思います。

>「特別」な人以外のピアノによるバッハ」
私はケンプのバッハも好きです。
また、シフのゴルドベルクなどは素晴らしいと思います。
多分「特別」の意味は、私の中で個人的思い出や思い入れがあるというくらいの意味に理解してくださいませ。
aosta
2007/10/11 11:37
◇Ceciliaさん

>aostaさんの記事に合わせたわけではなかったのですが(笑)、偶然カンタータBWV147の話題で書いていたところです。

何か不思議なシンクロニティがあるのかもしれません。
私としてはむしろとても嬉しいのですが・・・
このBWV147番に限らず、最近ではどの曲のどの演奏も加速度的に速くなってきていますね。でも編曲とは言え、もともとはコラール。祈りの曲です。ピアノで演奏される時も”祈り”であって欲しいと思います。
今回のリパッティの演奏では3分27秒。私としては、決して遅いとは思いません。むしろ祈りとしての最高の演奏だと思います。

テンポといえば、モーツアルトのレクイエムをベーム、ウィーン・フィルで長年聞いてきて、初めてアーノンクールの演奏を聴いたときは本当にびっくりいたしましたが、今ではベームを遅いと感じますから、私の感覚も勝手です。感覚って、慣れもあるのでしょうね(笑)。
aosta
2007/10/11 17:44

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